第10話「さて改めて 私に 従え モブ共」(CV:櫻井ヒロ)

 まず目に入ったのは、床に倒れ込んだ、物凄くケミカルなピンク色の頭だった。如何にも思いっきり顔面からイキました、というように両手を投げ出し、豪快に床に這いつくばった、おそらく少女と思える出で立ち。少女が倒れ込んだ後方には、ハイヒール履きの足を前に出し、倒れ込んだ人物を見てニヤニヤと嗤っている令嬢が二人。


 人に足をかけて倒したのか――誰がどう見ても現行犯としか思えない光景に、ヴィエルの中の正義感がじりっと燃えた。ぐっ、と拳を握り締め、つかつかと倒れた少女に歩み寄ったヴィエルは、その両肩を無遠慮に掴んで抱き起こした。


「君、大丈夫?」


 姉からはあまり女性にチャラチャラ声をかけるなと言われていたが、知ったことではない。元より中身は正義の小市民、こんな非道を見て見ぬふりが出来るほど人間が出来ているわけではない。


 妾腹とは言え、貴族社会ではそれなり以上に有力な公爵家の令息が割って入ってきたことで、令嬢二人は相当に驚いたようだった。まごついている様子の令嬢を真正面から睨みつけ、ヴィエルは糸目を見開いて低く吐き捨てた。




「恥知らずめ」




 これぞCV:櫻井ヒロのそれという美声は、自分が口にしたものでも信じられないぐらい凍てついて聞こえた。その声に一瞬で冷却されてしまったらしい二人の令嬢は、おろおろと視線を泳がせた後、そそくさとその場を離れていった。


「全く、貴族ってのは陰湿だなぁ――君、大丈夫か?」




 そう言って両肩を抱いたままの少女を見たヴィエルは――次の瞬間、震えた。




「あ、ありがとうございます……あの」




 なんて、なんて、なんて愛らしい子――。

 ヴィエルは嘘偽りなく、そう思った。




 まるで仔犬如くにつぶらで潤んだ目。

 曇りひとつない、つややかで白い肌。

 潤いに満ちた色素の薄い唇。

 まるで白鑞で出来ているかのような華奢すぎる指先。

 誰しもが庇護欲を掻き立てられるだろう童顔。

 まるで天使の歌声のように透き通った声――。




「可愛っ――!」




 ヴィエルは思わず、そう口にしていた。

 そう、可愛い。

 目の前にいる少女は、それこそ、無闇矢鱈な程に、愛らしく、可愛らしかった。




「うぇ――?」


 可愛い、の一言に、少女が目だけでヴィエルを見た。不思議な碧色の瞳がヴィエルを真正面から見つめ、数秒、無言の時が流れた。


 と、次の瞬間――ヴィエルの喉元に人生で一度も感じたことのない羞恥感が込み上がってきて、顔が物凄い勢いで熱くなった。羞恥心を覚えたのは目の前の少女も同じらしく、ヴィエルと矢鱈可愛い少女は同時にワッと叫んで飛び退った。


「ご、ごめん――!」

「あ、いえ、こちらこそ――!」


 ドキドキドキドキ、と心臓の鼓動が煩かった。治まれ治まれと念じながらも、ヴィエルはとりあえず少女に話しかけた。


「――さっきの令嬢たちはなんで君に嫌がらせを?」

「あ、ああ……私、貴族の令嬢じゃないんです。あの、普通の、一般民衆の娘なので、多分、やっかまれてるんだと思うんです……」

「たったそれだけで嫌がらせ? 酷いなぁ、貴族っていうのはもう少し人間ができてるかと思ってたけど」

「アンソロジューン公爵の令息様にそう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます、ヴィエル――ヴィエル・アンソロジューン公爵令息様」


 少女は小首を傾げてヴィエルに微笑みかけた。たったそれだけで、落ち着きかけていたヴィエルの心臓の鼓動がまた早くなる。


「お、俺のこと知ってんの……!?」

「そりゃそうですよ、国内でも特に有力なアンソロジューン公爵家ですもの。貴方様とお姉様のアストリッド様は入学前から有名でしたよ」

「そ、そうなのか……参ったな。俺はなるべく目立たずに生活したいのに……」

「そうなんですか? 何故?」

「何故って……普通そういうもんじゃないのか? チヤホヤされたり、無意味に持ち上げられたりするのって疲れるだろ? 俺はそういうの慣れてないからさ」


 そういうと、クスクス、という感じで少女が笑った。まるで翡翠細工の世界一高価な鈴が奏でているかのような笑い声であった。


「貴族の令息様なのに変わってるんですね」

「か――変わってる、のかな?」

「ええ、とても。なんだか親近感が湧いちゃいました。――あの、ヴィエル様。もしよろしければ、なんですけど……」


 そういうと、矢鱈可愛い少女はヴィエルから視線を逸し、もじもじと音が聞こえて来そうなほどもじもじとし始めた。


 わかっていることと思うが、矢鱈と可愛い女の子がもじもじとしている姿というのは、これが強い。物凄く愛らしい。この顔とこの動作で「……トイレ行ってきてもいいですか?」などと蚊の鳴くような声量で尋ねられたら一発で意識が消し飛ぶだろう……などと下劣なことを考えていると、矢鱈と可愛い子は意を決したようにぎゅっと目を閉じて、右手を前に差し出して叫んだ。




「あっ、あの、ヴィエル様! もしよかったら、私と友達になってくれませんか!?」



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