第19話「恋の季節ですかコノヤロー」(CV:杉田和智)

「……ん? な、なんだコレは!? お、俺の剣が真っ黒焦げ……! たっ、高かったのに……!!」


 固まっているヴィエルにも構わず、ロイド・バルドゥールはバスケットを深々と貫いた剣を見て瞠目した。それから三人分の視線に見つめられていることに気がついたのか、あ、とロイドが間抜けな声を発した。


「す、すまん……人の心配より剣の心配をしている場合じゃなかったな。そこの金髪のご令嬢も、糸目の信用ならんのも、無事だな?」

「いっ、糸目の信用ならんの……!?」

「え、えぇ……私たちは大丈夫ですわ」

「ああ、それはよかった。そこのピンク色の髪のお嬢さんも、無事……?」


 そこまで言いかけて、ロイドはアリスの顔をまじまじと見つめた。恐怖の表情で固まったまま、アリスもその顔を見返した。


 おや、なんだろう、この無言の間は? ヴィエルが戸惑ってアストリッドを見ると、クイ、とアストリッドが顎を動かして合図した。私でなくロイドを見ろ。姉の目は明確にそう言っている。




 数秒の長い長い沈黙の後――ロイドが呆然と呟いた。




「可憐だ――」

「えっ?」

「なんという可憐、可憐な乙女なんだ、あんたは――! んなっ、なんなんだこの感情は!? なんなんだこの胸のときめきは!? バカな、俺は生涯を武芸と添い遂げる決意を固めたはずでは――!」




 ボボボボッ、と、まるで音がしそうな勢いでロイドの顔が紅潮し、ロイドは太い腕で胸の辺りを手で押さえた。戸惑うばかりのヴィエルの横で、ロイドはアリスに向かって跪いた。


「可憐なお嬢さん、俺はロイド、ロイド・バルドゥールだ。北の山岳地帯を治めるバルドゥール侯爵の倅だ! 是非――あんたの名前を聞かせてくれないか!」

「あ、あの……えっと……」

「おぉ、なんという可愛らしい声――! くそっ――静まれ、静まれ俺の心臓の鼓動ォ! この高揚感、幸福感――! 嗚呼、こんな胸の高鳴り、山の中でブラッディグリズリーを素手で絞め殺した時以来だぞ――!」


 一人で勝手に盛り上がっているロイドは、しばらく物凄く正体ない感じになった後――キリッ、と音がしそうな程にキリッとした後、まごついているアリスの手を取った。


「もう一度、もう一度尋ねよう。……お嬢さん、あんたの名前は?」

「あ……アリス、アリス・ファロルですけれど……あの」

「アリス、というのか。ああ、なんて可愛らしい名前なんだ……!」


 アリスが名乗っただけで、ロイドは激しく感動したようだった。固まったままのヴィエル、何かのタイミングを見計らっているらしいアストリッド、戸惑っているアリスをまるっと無視して、ロイドは手に取ったアリスの手の甲の持ち上げ、思いがけないことを言った。




「お嬢さん――いや、アリス・ファロル。もしあんたがよければ――俺と、俺と結婚を前提に交際してはもらえないだろうか?」




 ファッ?! と、アリスとヴィエルは同時に声を上げた。アリスは物凄い勢いで顔を紅潮させた後、しどろもどろに答えた。


「あ、あの、けっ、結婚を前提に交際……!?」

「嫌か? 俺じゃダメなのか? もっとナヨナヨした優男があんたの好みなのか!?」

「あ、あの、そういう意味じゃなくて……! わっ、私、この学園に特例で入学できただけの平民で、そんなバルドゥール侯爵のご令息様と交際なんて……!」

「身分差など関係あるか! この情熱の他に何が必要だというんだ! 嗚呼、あんたは愛の力を信じないのか……! この俺の想いに賭けてはくれないというのか!!」

「少しお黙りなさい、ロイド・バルドゥール卿」


 その瞬間、アストリッドの雷鳴のような一喝が響き渡った。ロイドがハッとアストリッドを見ると、アストリッドは扇子で口元を隠し、氷点下の視線でロイドを睨みつけた。


「全く、バルドゥール侯爵令息ともあろうお方がみっともない……このアリスに向かって故意ではないといえ剣を投げつけた挙げ句、ロクな謝罪もしないうちにあろうことか求婚だなんて……恥を知りなさい。それにここは賢くもアンソロジューン公爵息女の御前よ、控えて!!」


 ズシン、と、まるで巨人の足音のような響きを持ってその叱責は轟いた。

 その叱責に、ロイドは物凄く縮こまった。


「あ、いや、すまん……いや、申し訳ない。あんた、いや、そちら様方がアンソロジューン公爵家の人間とは露知らず、とんだご無礼を……」


 赤松を割ったような二の腕を縮こまらせて恐縮するロイドに向かい、ハァ、とアストリッドは疲れたように嘆息した。


「全く、どうしてバルドゥール家の人間はこうなのかしらね。揃いも揃って脳みそがプロテインで出来ているのかしら? いくらCVが杉田だからってすぐにはっちゃけすぎよ。もう少しイケメンな方の杉田を拝ませなさいよね全く……」

「あ、姉上……!」

「とにかく、ロイド・バルドゥール卿。あなたは私たちの友人に対してとんでもない非礼を働いてくれたわね。ロクにお互いのことを知りもしないうちから求婚? 非礼も非礼、物凄く非礼よ」

「う、うむ……すまん……」

「それにいきなり許可もなく乙女の手を取って名を聞く、この時点でもう普通ありえないわよ。アリスだから許してやったのよ? 私がやられた側ならアンタの金玉は今頃したたかに蹴飛ばされて口から飛び出てそこの木の枝に突き刺さって鳥につつかれてるわよ」

「うむ……ん? なんか今、物凄く恐ろしいことを言ったんじゃないか?」

「それに、ここにいるアリスはこの国でも希少な破魔の魔力を持つ女の子よ。それはわかってるの?」

「は――破魔の魔力だと!?」


 ロイドが目をひん剥いてアリスを凝視した。


「そ、それじゃあアリス、あんたがあの噂の新入生……!?」

「アリスが平民だって言った時点で普通気づかないかしらねぇ。とにかく、破魔の魔力は地上で唯一の力、創造神が与え給うた人間への福音そのもの。それ故、この子はリスタリア王国の重要な保護対象でもある。それはわかってるわね?」


 なんとなく設定として聞いてはいたものの、こんなか弱い乙女がそんなにも物々しい国家の重大人物であるとは――知らなかった。ヴィエルが話について行けずに押し黙っていると、アストリッドの目がキラリと光った。


「つまり、どこの馬の骨ともしれない脳筋の嫁には出来ない、ってことよ。この子が破魔の魔力を持った唯一の存在だと知ってなお、そちらにはこの子を生涯守り通せるだけの力はあると主張できるのかしら?」

「とっ――当然だッ!」


 アストリッドの明らかな挑発に、ロイドは多少慌てたように立ち上がった。


「この腕を見ろ! 毎日一千回の腕立て伏せで鍛えてる腕だぞ! 今だってブラッディグリズリーを素手で絞め殺すぐらい朝飯前で――!」


 ロイドがそう言いかけた時、ニヤ、とアストリッドの毒々しい色の唇が、嘲るような角度で持ち上がる。




「ブラッディグリズリー? はっ、そこらの犬に毛が生えた程度の猛獣じゃないの。それにね――強い、というなら、ウチの弟だって負けてないわ」




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