第25話「やめてあげない♥」(CV:櫻井ヒロ)

「はぅっ――!?」


 ロイドが何だか気の抜けたような悲鳴を上げ、びっくりするような勢いでたたらを踏んだ。どたどたと、随分慌てた様子で踏みとどまったロイドが――一瞬で物凄く赤黒く変色した顔で振り向き、ごしごしと耳を手で擦った。


「お、お前、いっ、い、いま……! 今、おっ、俺に何をした――!?」


 おお、これは凄い。たった一言呟いただけでこの効果覿面ぶり。

 流石はCV:櫻井ヒロ。少し甘い声を出しただけで、男相手にもこの有様。なんだか人間として一番やってはいけないことをやってる気がするが――まぁいい。ヴィエルは更に追加で毒を流し込んでやった。


「『おやおや、真っ赤になっちゃったね。大丈夫、そんな君もちゃんと可愛いからさ♥』」

「ぬううっ――!?」

「『そろそろ素直にならない? 君が俺のこと、どう思ってるのか――俺、ちゃんと知ってるよ♥』」

「ぐおおお――!!」


 ヴィエルが畳み掛けると、ロイドが怯えたような、恥じたような表情で後ずさった。まるで恋する乙女のように胸に手を押し当て、赤黒い顔で目を見開いてわなわなと震える。ザワザワと、突然胸を押さえて苦しみ始めたロイドを見て、モブたちが騒ぎ始めた。


「おっ、おおお、お前――!? な、何を突然言い出して――!? や、やめろ! 突然なんなんだ、お前は――!?」

「『あはは、まだ素直になれない、か。それじゃ、素直になれるまでお預け、だな♥』」

「や、やめろ――! 何だ突然にその甘い声と台詞は! おっ、お前は俺をどうしたいんだ!? なんなの!? 真剣勝負の最中に一体どういうことですかコノヤロー!?」

「『もしかして、君ってこういうのが好きなの? 見た目によらず、イケナイ子、だなぁ――♥』」

「ぐおおおおおお……! や、やめろぉ! そんな甘い声で俺を誘惑するな!! へ、平常心が保てん! ぐ、ぬおおお……! な、なんなんだこの気持ちは……!?」


 ロイドが赤くなるやら青くなるやら、物凄い勢いで動揺している。ロイドは脳筋である。こんな甘く蠱惑的な台詞を吐かれた経験など今までないだろうが故に、その効果は抜群だった。あたふたと身も蓋もなく動揺するロイドを見て、アストリッドは満足そうな顔で腕を組み、アリスはわけがわからないという表情を浮かべている。


「ぬ、ぬぬぬぬ……! おっ、お前……! や、やめろ! これ以上は本当にやめてくれ! お、俺っ、これ以上こんなこと言われると……!」

「『やめてあげない♥ ほら、ほら、僕にもっと見せてよ、そのトロトロに蕩けた君の表情――♥』」

「ああああああああ! うがあああああああああああ―――――――!!」


 バリバリと、ロイドが木剣を握ったまま両手で頭を掻き毟った。浅黒い顔面はもはや赤を通り越してどす黒く変色し、両目は血走り、もう完全に勝負どころではなくなっている。今すぐ卒倒しないのが不思議なほど錯乱するロイドに向かって――ヴィエルはゆっくりと剣を構えた。




「『ほらほら、あんまり余所見しないの。ちゃんと、眼の前にいる僕を見て――♥』」

「ぐおおおおお!! ――やっ、やだぁ! 恥ずかしいからぁ、あんまりこっち見ないで……!!」

「『君のここ、ほら、もうこんなになっちゃってる……クス、そんなに感じちゃったの?♥』」

「そっ、そんなこと……! これは、違っ……!!」

「『素直じゃないなぁ。ま、そんなところがカワイイ、かも。……それじゃ、続きをおねだり、できる?♥』」

「あっ、あああ……! も、もう俺、我慢できない……! き、きききき、来てくれ……! いや、来てください……!」

「『はい、ちゃんとおねだりできました♥ ……それじゃ、行くよ……♥』」

「あっ、ああっ、俺、俺――! 経験済みの男の子にされちゃう――!!」




 瞬間、ヴィエルは地面を蹴った。そのまま横に振り上げた剣を、乙女そのものになったままもじもじしているロイドの側頭部へ――渾身の力で振り抜いた。




「全集中・水の呼吸、拾弐ノ型、『側頭部に一発』――」



 ヴィエルは、物凄く冴えた声でそう言った。


 バキャッ!! という、凄まじい衝撃音が発し、実に景気よくロイドが吹き飛んだ。短く宙を飛んだ後、どさっ、と湿った音を立てて地面に転がったロイドの目から――光が消えていた。口の端からタプタプと涎を流し、絶頂の後のような恍惚な表情を浮かべて――ロイド・バルドゥールは完全に沈黙した。

 瞬間、アストリッドが動いた。地面に転がったロイドの傍らにしゃがみ込み、ペシペシと頬を二、三度叩いてから――アストリッドはヴィエルの左手を高く掲げた。




「ロイド・バルドゥール、戦闘不能! よって勝者、ヴィエル・アンソロジューン!!」




 その声に、事態を見守っていたモブたちがわぁっと声を上げた。


 やれやれ、決闘には勝ったけど勝負では負けたな……と思って頭を掻いたヴィエルに向かって――何かが物凄い勢いで飛びかかってきた。ぬおっ!? と悲鳴を上げて地面に倒れ込んだヴィエルに、涙声のアリスがずりずりと頬ずりしてきた。


「ヴィエル様、ヴィエル様――! ああ、良かった! ヴィエル様が傷つかなくて――!!」

「うわわわわわわ、あっ、アリス――!? あっ、当たってるぅ……!!」

「ヴィエル様、やっぱりヴィエル様は物凄く強かったんですね! なんか後半はよくわからなかったけど――なんか水の呼吸とかって!! アレがヴィエル様の必殺技なんですね! すっごい! すっごくカッコよかったです――!!」

「あー、めっちゃ柔らかい……それにいい匂いがする。あー、もうダメだ、俺、もう死ぬかも。姉ちゃん、俺が死んだら遺骨はひなげしの咲く丘に埋めてくれ……」


 ヴィエルがアリスの頭を撫でながら言うと、アストリッドが呆れたように笑った。


「全く、何を言い出すのよ。アンタの墓に似合いなのは臭いがキツいドブ川の川岸よ」

「おいおい、そりゃひでぇよ。せめてもうちょっといいところに埋めてくれよ」

「あーはいはい、わかったわかった。アンタが死んだら遺骨は漁港から撒いたげる。七つの海に拡散なさいな。それで満足でしょ?」


 ヘラヘラと笑い合っていると、ぐぬぬ……といううめき声と共に、気絶していたロイドが起き上がった。


 したたかにぶっ叩かれた側頭部を手で押さえながらよろよろと起き上がったロイドは、ヴィエルを称える周りの興奮と、アリスに抱きかれたまま転がっているヴィエルを見て、決闘の結果を察したらしかった。


「お、おいロイド、まだ立ち上がるのは……」


 ヴィエルがやんわり窘めるのも構わず、ロイドはふらふらとした足取りのままこちらに歩み寄ってきた。随分苦労してこちらに近づいてきたロイドは、やおらガックリと膝をつき、深々と頭を下げた。


「ろ、ロイド――!?」

「――すまん、アリス・ファロル嬢。この通りだ、三日前の俺の非礼を許してくれ」


 誠実にすぎる声で、ロイドはアリスに向かって土下座した。アリスが戸惑い全開でおろおろとしているのに向かって、ロイドはなおも言った。


「力のないものは奪われて当然――俺はあのとき、あんたに確かにそう言った。だが、それは間違いだった。俺、俺などは――大して強い男ではなかった。それが証拠に、あんたが選んだ男は俺に勝ってみせた。奪われて当然なのは俺の方だったんだ。すまない、もう二度とあんなことは誰にも言わんと誓う。誓うから――どうか俺を許してくれないか」


 心からの謝罪なのだと誰でもわかるその声に、アリスが少し呆れたように微笑んだ。


「お顔をお上げください、ロイド様。私、最初からそんなに怒ってません。何しろ、私の代わりにヴィエル様がちゃんとやり返してくれましたから。ね?」


 ね? と微笑まれて、ヴィエルの顔面が凄い勢いで熱くなった。わかっていることと思うが、無闇矢鱈に可愛い女の子の「ね?」には、地球さえ真っ二つにしそうな破壊力がある。この顔で頬にチューでもされたら一発で爆発昇天するだろう――そう思ったヴィエルは、アリスと顔を見合わせて微笑み合った。


「もういいです、ロイド様。ねぇロイド様、私たち、夫婦は無理でも、友達にはなれますかね? 私、ロイド様と友達になりたい! ロイド様はすっごく頼りになりそうだもの! ダメ、ですか!?」


 アリスのその声に、ロイドが顔を上げた。


「いや――残念だが、あんたと友達になるのは無理だ」

「え?」

「何故なら、俺は今日からあんたのライバルになるからだ」

「えぇ? ライバル? 何の?」

「恋のライバルに決まっている」


 はぁ、コイ? 何のことだろう。鯉、濃い、故意……と脳内にその言葉を変換し、最後の最後に「恋」と変換してしまったヴィエルを真っ直ぐに見つめ――ロイドは野太い声で宣言した。




「ヴィエル・アンソロジューン。俺は約束通りアリスを諦める。その代わり、ゆくゆくはお前を生涯の伴侶とし、パートナーとして添い遂げるつもりだ。俺のこの思い、この情熱――受け取ってくれるだろうか」




 しばし、言われたことの意味がわからず、ヴィエルはポカンと音が鳴るぐらい、ポカンとしてしまった。


「――ごめんごめん、ちょっとその冗談、通じない。わかんないわ、これはわかんない」

「わかるだろう? 俺はお前に一生分の恋をしてしまったんだ。俺を倒した屈強な男――ずっと探し求めていた。その男に――俺は俺の初めてを捧げると決めたんだ」

「え? ロイド、アンタが受けなん? 個人的には逆の方が――」

「ごめんごめんちょっとホントにわかんないから姉上は黙って。ごめんロイド、俺、ちょっとそういう脳筋の杉田流のジョークはちょっと――」

「ジョークなものか! この気持ちこそは真実の愛だ!!」


 瞬間、ロイドの両手がガラ空きのヴィエルの左手を取り、そっと包み込んだ。途端に、ゾワーッと背筋に悪寒が走り、全身に鳥肌が立つ。


 そんなヴィエルにも構わず、ロイドはこれぞCV:杉田和智の声と言える、誠実で真っ直ぐな声で言った。


「ヴィエル・アンソロジューン! お前はあの真剣な命の取り合いの最中に、俺に確かに愛を囁いてくれたじゃないか!! お前の秘められたる俺への思い、俺への愛――! それはこれ以上なく俺を感動させたんだ!! 俺は何があろうとお前の最高の伴侶となってみせる! 必ずやお前の伴侶に相応しい男になってみせる! だから――俺と婚約してくれ!!」

「いっ、いやあああああああ!! 俺、俺、そういう趣味ない! ごめんね!! 婚約は破棄させてくれ!! 俺もう真実の愛に目覚めてるから! もう間に合ってるから――!!」

「女の枠は埋まっていても男の枠がまだあるだろう!! 俺は本気だ! アリスともちゃんと第二婦人として上手くやっていけると確信している! これでも惚れた相手には甲斐性持って尽くすタイプなんだぞ!!」

「いやあああああああ!! 枠! 男の枠なんて最初からないの!! ゴメンホント無理! こんな脳筋の杉田キャラとか無理!! せめてもっと線の細い人にして!! 性別秀吉みたいなのだったら俺もワンチャン考えるから……!!」

「ンフフフ、こりゃ思わぬ収穫ね……櫻井攻めの杉田受け……新しッ! これ新しッ!! ……あぁもうダメだ、涎が! ――ジュボボボ!」


 ギャーギャー喚くヴィエルの横で、アストリッドが大量に溢れ出した唾液を汚く啜る音が、いつまでも学園の中庭に聞こえ続けた。




◆◆◆◆◆◆◆




一旦完結させます。


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転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~ 佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中 @Kyouseki_Sasaki

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