第17話「紙のBL本を読みなよ」(CV:櫻井ヒロ)

「こ、こ、これが、私の素質を伸ばすための魔導書……!」

「そうよアリス。これを読破する度、あなたの中の素質は開花するわ。頑張って読みなさい」

「そ、それは嬉しいけど……これ……!」


 アリスの神秘的な色の瞳は、いまやぐるぐるぐるぐる回転する渦巻きと化していた。顔は赤黒く変色し、目は潤み、脂汗が滲んで、手は小刻みに震え、頭からは超大型巨人並みに湯気が上がっている。


「あの、お姉様……こ、この、この、この男の人たちは一体何を……?」

「見ての通りよ、サカりまくってるのよ。これは下剋上のシーンね。普段は力関係が下の人間が上位の男を手籠めにしてトロトロにしてるわけ」

「こ、こ、これを読むことで、私の中の一体何の素質が……?」

「真実の愛の魔法の素質よ」


 うふ、とアストリッドはこれぞ悪役令嬢という感じで微笑んだが、アリスのしっちゃかめっちゃかぶりは笑い事ではない。今この瞬間にも卒倒するのではないかと心配になるほど、アリスは尋常ならざる表情でページをめくっている。流石に止めようかとも思ったのだが、ヴィエルには止め方が分からなかった。


「あ、あうう……こ、こ、この男の人、これは何をされて……?」

「あらやだわ、ソレ人に聞いちゃう? 気になるなら答えてあげてもいいけど……アリスはイケナイ娘ねぇ……」

「あう、あうあうあうあう……じゃ、じゃあ聞かないですぅ……。こ、これが私の素質を伸ばすんだ、頑張って読まなきゃ……」


 気の毒、ただただ気の毒である。


 アリスはいまや躍起になって男同士の濃密なイチャイチャ――否、イチャイチャどころかネチャネチャ――を摂取するだけの人間になっている。


 何の耐性もないうちにこんな濃密なBL成分を突っ込まれたアリス。彼女は今晩、ちゃんと寝られるのだろうか。


「こ、こここ、これは……あうぅ、こ、この男の人……こんなあられもない顔になって……!」

「あらあら、まだまだこれでもソフトな表現よ。これよりももっともっと過激なものもあるわ。そっちはまだアリスには読ませられないわね。まだ土台が出来てないから」

「こ、こ、これ以上にもっと激しくなるんですか……!?」

「大丈夫よ、あなたの素質は思ってたよりも強い。そのうち受け入れられるようになるわよ」

「あ、あうう……! そ、そんな……! なんか褒められてるのに褒められてはいけないような気が……!」

「姉上、あんまりアリスをいじめるな。死ぬぞ」

「あら、BL読んで死んだ人はいないわ。大丈夫よ、多分」


 そんな感じで会話しているうちに、ようやく一冊目の魔導書、否、BL本を読み終わったようだった。


 アリスは小刻みに震えながら表紙を閉じ、ハァー、と長い長いため息をついた。


「さて、どうだったかしら? 感想を聞かせてちょうだいな」

「か……感想、ですか? あの、正直内容が衝撃的すぎてよく覚えてないんですけど、その……」


 ごくっ、と唾を飲み込んでから、アリスは震える声で話し始めた。




「下剋上――っていうのかはわからないですけど、今まで傲慢に振る舞っていた主人公が歳下の幼馴染に攻められる……その関係性が、なんというか……素敵だと思いました。主人公の傲慢さ、誰に対しても尊大な態度を取り続ける俺様ぶりは、実は弱い自分を押し隠し、幼馴染を守りたいという自覚なき恋の意識の現れだったんですね……。でも、その幼馴染にあんなことをされてしまった主人公は、腕づく力づくでトロかされる中で、か弱い存在だとばかり思っていた幼馴染がもう自分に守られるべき存在ではないこと、そして自分が弱い人間であるということに、同時に気がついてしまった。つまり、庇護者という今までの自分という立場、存在意義を丸ごと失ってしまったんですね……。自分という存在の根本が揺らぎ、幼馴染との力関係も変化してしまって、これからどうすればいいのかわからなくなったところで、幼馴染がこよない愛情で包み込む。今まで虚勢を張り、強がって生きてきた主人公は、そこでふと守られることの心地よさに気づいてしまった。こんなの俺じゃない、誰かに守られるなんて耐えられない――そんなプライドを圧倒して、大人になった幼馴染の包容力、強さしなやかさに惹かれ、守られることについつい安心感を抱いてしまう……上手く言えないけど、そういう関係性、なんかイイな、って……フヘヘッ」

 



 再び、物凄い長文。


 最後に、ニヤ……と、アリスの口が一瞬だけ笑みの形に歪んだのを、ヴィエルは見逃さなかった。


 アストリッドが、少しゾッとしたような表情でアリスを見つめた。


「――これは驚いたわ。アリス、あなたの中に眠る素質、予想以上ね……。才能の化け物、というのはこういうことを言うのかしら……」

「えっ!? わ、私、そんなに才能があるんですか!?」

「ええ。正直、今私はあなたのことを少し恐ろしいとまで思ってしまったわ。たった一読しただけでここまで明確に下剋上のヨさを指摘する人間、そうはいないわよ。やはりあなたには才能がある、そう、空恐ろしくなるほどの……」

「え、や、やった! とりあえずなんかよくわかんないけど、褒められたってことでいいんですよね!?」

「いや、褒められすぎてもいけないんだと思うよ、アリス」

「何を言ってるのよヴィエル。これだけの才能、腐らせておくことはないわ」


 アストリッドは大いなる野望を抱いた顔で邪悪に微笑んだ。


「これは――これなら育成計画を前倒ししていくことも考えなきゃならないわね。これならただ感想を語らせるだけじゃない、一次創作の教唆も視野に入れなきゃ……」

「いっ、一次創作!? 姉上本気か!?」

「何言ってんのよマッジマジのマジよ。……ねぇアリス、あなたは確か、読書が趣味なのよね?」

「えっ、それお姉様に言いましたっけ?」

「顔を見てればわかるわ。……ということは、文章を読むにも書くにもそんなに苦痛はない、ってことよね?」

「おおおおおおい一体何をさせる気だ! アリスを同人作家にするつもりかよ! そんなことしてタダで済むと思ってんのか! 乙女ゲームがBLゲームになっちまうだろうが!」

「何言ってんのよ、同人作家どころか商業作家にするつもりよ。こんな才能、むざむざ腐らせとくこたないわ。若き謎のお耽美BL作家、アリス・ファロル爆誕……ククク、考えただけでゾクゾク来るわね」

「アリス、耳を塞ぐんだ! 姉上の言葉に耳貸したらダメだ! 汚超腐人にされるぞ!」

「あの、さっきからお二人が何を言ってるのかよくわからないんですけど……」

「わかんないうちが華なんだよ! とにかくあんまり姉上の言葉に誘惑されたらダメ! 人ならざるものにされるぞ!」




 ヴィエルがいきり立って大声を発した、その瞬間だった。




「お、おい! 危ないッ!!」




 野太い男の声が背後に発し、えっ? とヴィエルは振り返った。 




◆◆◆◆◆◆◆



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