第16話「翻訳機をキャリーケースにしないでくださいね? こんどやったらぶっとばしますよ?」(CV:岩田彰)

「翻訳機、完成したんでしょうね?」


 一週間後、再度訪れた図書館で、アストリッドは実に傲慢にそう言い放った。その言葉に物凄く嫌そうな呆れ顔を浮かべたアスランは、本から視線を上げ、ハァ、とため息をついた。


「全く、仮にも公爵令嬢ならもう少し言い方というものを気にしてほしいものだな……。心配はない、完成してるよ」

「ほっ、本当か!? どれ!?」

「これだ」


 そう言って、アスランは足元に置いていた一抱えほどの物体をよっこらしょとばかりにテーブルの上に置いた。ヴィエルとアストリッドは興味津々の目で顔を近づけた。


 これは――もっとメカメカしい外見を予測していたヴィエルの予想とは全く異なる形だ。


 何だか四角くて細長くて、箱の下部には小さな車輪が二個ついており、なんだか取っ手と思しきものもある。これは……これには何だか物凄く見覚えがある。


「姉上、これって……アレだよね? 池袋とかでその道の女の人がガラガラ曳いてる……」

「カラコロ……キャリーケース、よね?」

「何を意味不明なことを言ってるんですか。僕の魔導具に何か不満でも?」

「いや不満はないけどさ……なんかBL本を収納するにはあまりにも適した形してるなぁと思ったから」


 アストリッドが歯切れ悪く言うと、アスランは意味がわからんというような表情をした後、キッ、と目つきを鋭くさせた。


「言っておくが、この魔導具の費用は後でキッチリ請求しますからね。この翻訳魔導具、『ブクロ三号』を作るのにかかった費用、占めて二十九万八千七百スワベ……そうでないと僕は今月は新しい本も買えない。全く、人使いが荒くて参るな……」

「す、スワベ!? この世界の通貨単位ってスワベって言うんだっけ姉上!?」

「なによヴィエル、今更知ったの? そうよスワベよ」

「な、なんか俺様の美技に酔わせて来そうな通貨単位……! あと自分に興味を示さないおもしれー女好きそう……!」

「さっきから何を意味不明なことを言ってるんですか。この魔導具を使ってみなくていいんですか?」


 アスランが呆れ顔でそう言うので、アストリッドは手に抱えたBL本の束を机に置いた。


「これは――。ごめんアスラン、どうやって使うの?」

「簡単ですよ。この取手の部分は掴んだ人間の記憶を自動的に読み取る魔導製センサーになっている。まずはここを掴んで伸ばして……」

「キャリーケースじゃん」

「次にこの魔導製ファスナーを開き、中に翻訳したい本を入れます」

「き、キャリーケースだ……!」

「そして後はこの魔導製車輪を回すことによって魔力が装置内を循環し、中に入れた文書の翻訳が開始される仕組みです。魔導製車輪をいちいち手で回すのは面倒なので、この魔導製センサー部分を持って歩けば地面との摩擦で自動的に魔導製車輪が回転するように工夫しました」

「何よそれまんまキャリーケースじゃん! っていうか頭に魔導製ってつければ何でも魔導具になる感じしてない!?」

「しっ、していない……! 君は突然何を言い出すんだ全く! とっ、とにかく、これに資料を入れて歩け! 十メートルも歩けば十分だろう! さぁ、やってみるんだ」

「おお、なんかいまいち心から納得できない感じがあるけど……じゃあ早速やってみるわね」


 アストリッドが魔導具――もといキャリーケースの中にBL本の束を入れ、取っ手を持って歩き出した。カラコロカラコロ……と、なんだか懐かしい音がしたと思った途端、キャリーケースがやにわに青白く発光した。


「うわ、光った……!」

「それで翻訳完了だ。中身を取り出して確認してくれ」


 アスランに促されて、アストリッドは魔導製ファスナーを開いて中のBL本を取り出した。おお、これは凄い。先程までオール日本語だったBL本の表紙が全てこの世界の言語に変換されている。なんとフォントまで元の通りにローカライズされているではないか。


「スゲェェェェェ! 魔法って便利……! アスラン、アンタ天才じゃないの!?」

「なんだ、今更気がついたのか。まぁこの程度の魔導具を作ることぐらい、僕のこの天才的な頭脳を使えば朝飯前ですよ。しかし、天才――フッ、何度言われてもいい響きの言葉だな……」


 アスランが得意げな表情で眼鏡のブリッジを押し上げるのを見て、ヴィエルは姉にそっと耳打ちした。


「なぁ姉上。よくいるよなこういう自称天才キャラ。作者の都合で困ったことがあったらチート的な頭脳で何でも解決する感じのヤツ。なんてったってCV:岩田彰で自称天才の鬼畜眼鏡で魔導製キャリーケースだぜ? シナリオが上がってきた時点で安易すぎると思わんかったんかな?」

「バカ、聞こえるわよ。アスランはご都合主義キャラだって言ったじゃない。生ける乾汁なのよこの人は。この人ルートでは最後魔王になっちゃったアンタをこの人がたまたま作ってた魔導製ロケットランチャーで撃ってぶっ飛ばすの。このフンワリホヤホヤの世界観で魔導製のロケットランチャーよ? バイオハザードでもあるまいに。シナリオライターが後半で力尽きた説が濃厚だって言ったじゃない」

「な――なんだ君たちは!? 人の前でコソコソと! ほ、ほとんど言ってる意味はわからないが、何だか物凄くコケにされてるのぐらいはわかるんだぞ!」

「ヒソヒソヒソヒソ……」

「ヒソヒソヒソヒソ……」

「ひっ、ヒソヒソするな! 公爵令嬢と公爵令息ともあろう人間が陰湿な! なんだ君たちは、こんなこと一方的にやらせておいて僕にそんなに不満があるのか!?」

「いや、こっちの話よこっちの話。まぁありがとね、アスラン。アンタはなんでんかんでん、やっぱり頼れる男よ」


 アストリッドがニッコリと笑うと、その笑顔に不意打ちを喰らったのか、アスランが少し頬を紅潮させ、無言で視線を逸した。この男、人嫌いである故か、こういうストレートな好意や恩義には慣れていないらしい。全く、冷たいように見えて可愛いところもあるヤツだな……とヴィエルもついつい笑ってしまった。


「よぉぉぉぉしヴィエル! BL本も手に入ったし、いよいよアリスを沼に突き落としにかかるわよ! このねっちょりした一冊で私たちの破滅を回避するのよ!」

「よっしゃあ! 待ってろアリス! もう二度と太陽と月に顔向けできない人間にしてやるぜ! なんだか物凄く心苦しいけれどな!」

「ふん、なんだかよくわからないが、威勢がいいことだ。……それで、この魔導具の製作費用の件だが……」

「ヴィエル、この魔導具、持ってくのもアレだから曳いてきましょう」

「そうだね。用途通りだし」

「あの、費用……」

「あーあ、私、今日のお昼もあんバターよ。そろそろ飽きてきたから違う味のパンも作らせましょうかねぇ」

「福田パンならアレがいいんじゃない? コーヒーサンド。俺アレめっちゃ好き」

「おっ、オイ! 僕を無視するな! カネを払えと言ってるだろう! 公爵家の人間ならカネがないわけじゃないだろうが! 君たちはどんだけカネ払いが悪い人間なんだ!?」

「……あ、なんか痒いと思ったらここ蚊に刺されてるわ。やだわぁ、もう夏になるのね……」

「なんか火傷しない程度にタバコの火を近づけると痒くなくなるらしいぞ。この世界にタバコってあんのかな?」

「おいィィイイイ!! 無視するな! ひっ、費用を、カネを払えこのケチンボども! ……あああああああ!!」



 アスランが後方でギャーギャー何か喚いているのも努めて無視して、ヴィエルとアストリッドはアリスとの昼食場所に向かった。



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