第22話「基本的に戦争は力で決まる」(CV:杉田和智)

 そして、三日後。この時に至る。


 学園内での真剣での勝負はご法度、ということで、ロイドが持参した木剣を腰に帯びたヴィエルは、決闘を聞きつけて集まってきた学園のモブたちがワイワイと騒ぐ中、精一杯背を伸ばしたアリスに思いっきり抱きつかれていた。


「ヴィエル様、どうかご自身のご安全を第一に考えてください! 私、ヴィエル様がこの決闘で怪我なんかしちゃったら……!」

「あ、アリス……! アリス! お願い、ちょ、ちょっと離れて! ヤバいってヤバいって! 何がヤバいかって言うと超ヤバいから……!」

「ああ、どうしてこんなことに……! ロイド様とヴィエル様が私を巡って決闘だなんて! こんなことになるなら私、田舎から出てこなきゃよかったんだわ!」

「あ、当たってるから! それになんかめっちゃいい匂いがする!! もうホント勘弁して! しっ、真剣勝負の前にこれはヤバいから……!」

「ヴィエル様、私のことなんか考えなくていいですからね!? 私、私の大切な友達が傷つくぐらいなら、ロイド様の妻どころか、いっそ魔王の妻にだってなりますから……!」

「あ、これはダメだ。あーもうダメだ。俺、幸せすぎて死ぬわ。もう死ぬ、死にます。先立つ不幸をお許しください。こんな矢鱈可愛い娘に抱きつかれたならもう死んでもいい。この匂いだけでご飯三杯……」


 そこで何者かに結構強めに後頭部を叩かれ、ヴィエルは邪に過ぎる妄想の世界から立ち戻った。


「何をわけわかんないこと言ってんのよ、アホ弟。真剣勝負の前に何を死ぬ死ぬ抜かしてんだ。死んだらいけん、忘れんじゃないわよ。それにアンタたちが臆面もなくイチャイチャするからあっちもやる気ゲージうなぎ登りじゃないの。見なさいアレを」


 幸福の絶頂にいるヴィエルに氷水をぶっかけるかのように言って、アストリッドは向こうにいるロイドを顎でしゃくった。


 腕を組み、ギリギリギリギリ、と音が鳴る勢いで歯を食いしばったロイドは、目を血走らせてヴィエルとアリスを睨みつけていた。


「……いいご身分だな。真剣勝負を前に、俺の将来の妻になる人とイチャイチャイチャイチャと……!」

「……アリス、悪いけどもっと強く抱きついてくれ。擦り付ける勢いで」

「はいっ! もっと強く抱きつきます! こうですか!?」

「ぐ、ぐぬぬ……! 見せつけやがって……!」

「ほーれほれ、悔しいか? こんな可愛い子に俺が抱きついてて悔しいかよ。お前なんか汗臭くて硬いからアリスは抱きつきたくないってさ」

「あ、汗臭い、だと……!? 言ったな、この青二才が!!」


 なにかの地雷を踏み抜かれたらしく、日焼けしたロイドの顔が真っ赤に変色した。


「バルドゥール家の人間に向かってそれだけは禁句なんだぞ! これでも色々と気を遣ってるんだ! 毎日風呂にもちゃんと入るし、制汗剤だってつけて……!」

「うるせー、お前の場合は最早存在自体が暑苦しいんだよ! 自宅の庭にアスレチック組んじゃうSASUKE狂いのサラリーマンみたいな体型しやがって! お前が近くにいるってだけで毎日が三十八度の猛暑日だよ! デオドラントだけじゃなく、少しは線細くする努力でもしろ、この筋肉ダルマめ!!」


 ヴィエルが面罵すると、ブヒーン! とロイドの頭から湯気が迸ったのが見えるようだった。


 乙女ゲームのキャラクターとしてそれなりに端正ではあるが色々と圧の強い顔が限界までひん曲がり、目玉がこぼれ落ちんばかりに目が見開かれる。




「俺にそこまで面と向かって言った人間、お前が初めてだぞ……! 俺が筋肉ダルマ、だと……!? よぉおぉぉし……! 今回の決闘は少し派手に血が飛ぶぞ! この剣で親父のキンタマから出てきたことを後悔させてやる! 覚悟しとけコノヤロー!!」




 これぞCV:杉田和智と言える野太い声でロイドは木剣を振り回した。この辺が潮時だろう。


 ヴィエルはまだ抱きついたままのアリスの背中を叩き、離れるよう促した。


「さ、アリス、始まるぞ。しっかりと俺たちの戦いを見届けてくれ」

「ヴィエル様――!」

「大丈夫だ、これでも俺は水柱なんだぜ、めっちゃ強いんだぜ?」

 ニカッ、と、意識してヴィエルは明るく微笑んだ。




「これは言った人が違うけど……俺は俺の責務を全うするさ。アリスはそれを見ててくれればいい、何も心配はいらないよ。いいね?」



 櫻井ヒロの端正な声でそう言い聞かせると、アリスは涙に潤む目のまま、それでもはっきりと頷いた。


 そのまま少し離れた位置にいるアストリッドの隣に立ったアリスは、ヴィエルに向かって手を振った。


「さて、お互い開戦の口上は終わったようね。――時間は無制限! 勝敗条件は相手が負けを認めるか、それとも戦闘不能と見做された時よ!」


 アストリッドが朗々とした声で告げる。


 やるしかない、と覚悟を決め、ヴィエルは木剣の柄を握り締めた。




「それでは両者、構え! ――勝負開始、始め!」




 瞬間、ヴィエルはロイドに向かって剣を構えた――はずだった。




 だが――意図した通りに言ったかは、わからない。


 何しろそれに向かって構えたはずのロイドの姿が勝負開始とともにコマ落としのように消え――うぇっ? とヴィエルは一瞬、気の抜けた声を発してしまったからだった。


 なんだ? どうなった――? とキョトンとしてしまった瞬間、右側に物凄い圧を感じ、ヴィエルははっとした。


 考える間もなく右側から来る圧を剣で受けた瞬間、人生で一度も感じたことのない衝撃が全身に突き抜けた。




「おいィィィイイイイイイイイッ!!」




 なんだ、この奇声、なんなのだ、この暴力的な剣圧は――!?


 剣で思いっきり薙ぎ払われた、と気がついたのは、衝撃を受けきれずに吹き飛び、三回ほど錐揉み回転して地面を転がったときだった。


 最初の一撃の時点でもはやどこが上でどこが下かもわからなくなり――ヴィエルは派手に十メートルも吹き飛んだ。




「ヴィエル様――!」




 アリスの悲鳴が聞こえたが、どうしようもなかった。最後の着地は頭から。しばらく視界に乱舞する星を眺めながら、ヴィエルはようようのことで身体を起こした。




「んな、なななな……!?」

「ほう……曲がりなりにも初太刀を受けてみせるとは、流石だな」




 ロイドが関心半分、失望半分という声で剣を構え直す。


「このバルドゥール家秘伝の豪剣術、『オイィィィイイイ流剣術』に本来二撃目はない。すべて初太刀でカタがつくはずなんだが――公爵家の人間相手にはやはりそうもいかんか。30%に加減した今の力ではやはり失礼だったな。今度は60%の俺を見せてやるとしよう」


 今ので30%の力!? っていうか、オイィィィイイイ流剣術って――!?


 ヴィエルが目をひん剥くと、オオオオオ、と音がしそうな勢いで、ロイドの厳つい身体から闘気が立ち上った。


「さぁ――そう何度も受けきれると思うなよ! 行くぞヴィエル・アンソロジューン! ……おいイィィィイイイイッ!!」


 瞬間、考えもなくその場を飛び退ったヴィエルの横に、ズンゴ、という圧の強い衝撃が発した。


 もはや受け身も取れずに地面に転がり、咳き込みながら一瞬前に自分がいた場所を見ると――ロイドが握った剣の切っ先が、地面に深々とクレーターを作ってめり込んでいた。


「うぉのれぇ、ちょこまかとすばしっこい奴め――! そのまま棒立ちになっていてくれれば頭蓋骨が粉砕される程度で済ませられるものを――!」

「ず……頭蓋骨を粉砕する程度って何だよ! その時点で既に死んでんじゃね―か!! 俺を殺すどころか魂まで粉砕するつもりか、この脳筋!!」

「決闘を受けた時点で命のやりとりは覚悟の上だろう! それに俺はどんな相手にも手加減はしない! 子兎一匹狩るのにも十万の軍勢を興す、それがバルドゥール家の流儀だ!」

「お前は曹操かよ! どこの三国志だ! ……くそっ、流石は脳筋の杉田キャラ、想像を絶する圧の強さだぜ……!」


 ヴィエルは一発で埃まみれになった金髪をわしわしと手で掻き毟り、剣を構え直した。


 既に最初の一発を受けた時点で手には消えない痺れが残り、触覚が消えかけている。

  



 とにかく――あんなもの、こんな棒切れで受け続けられるわけがない。木剣を真っ二つに引き裂かれた瞬間、そのまま額をカチ割られてお陀仏だ。


 しかもあの見た目に関わらず、ロイドは相当に素早い。あの豪剣を避け続け、隙を見て一撃を喰らわせるのも、とても現実的とは思えない。




 ならば――やることはひとつしかない。隙を作るのだ。


 ヴィエルは糸目を更に細め、ロイドを真正面に見つめた。




「オイオイ……そんなに俺がアリスとイチャイチャしてたのが気に入らねぇのか? 随分肩に力入ってんじゃねぇかよ。イカリ肩が更にイカってんな」


 その挑発に、ピキ、とロイドの顔面が痙攣した。




◆◆◆◆◆◆◆




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