第21話 記者

「深度八十、前進強速」

 沈みゆく二隻の駆逐艦を確認し、ギュンターは下命した。

 この機を利用してジブラルタルを抜けるつもりだった。


 一旦キールへ帰港命令が出ていた。地中海ではメンテナンスができないのだ。

 もう一度ここに戻ってくるかどうかはわからない。最後にあの日本艦と決着をつけておきたかったが仕方がなかった。


 そろそろ乗組員も艦もガタが出るころだ。まあ無事にキールまで帰れるかどうかは、神のみぞ知るというところだ。


「艦長、ジブラルタルに派遣された駆逐艦が沈められたらしいです」

 やはり罠だったかと氏家は思った。

「我々ならどうだったですか」

「さあ、勝負は水物と言います。勝てたかもしれませんが、沈められたかもしれません」


「ご謙遜、Uボートキラーの氏家少佐らしくない」

 朝読新聞の記者だ。遥々海を渡り、地中海に派遣された艦隊の取材に来ている。

 この派遣は内閣が先行して決めたようなところがある。太平洋におけるドイツの植民地を手に入れることを目的に内閣は参戦を決めた。


 しかし地中海派遣は海軍内でも反対が多かったと聞く。そこら辺りは、海軍省勤務であっても、たかだか一課員である氏家などには分からない。

 しかし、その活躍が連合国内でほめたたえられ始めると、海軍首脳もこれを大きく喧伝することにしたらしい。そのために金を出して、軍報道部の嘱託という形で彼を派遣してきた。


「しかし残念ですね、今回の作戦では敵潜は現れなかったようで、いや、残念です」

 佐野が顔色を変えた、それを氏家は目で制した。


「記者さん、あなたは軍務は」

「乙種合格で、幸いなことに召集されないままで」

 艦橋にいる全員の視線が記者に集まった。


 彼も自分の失言に気が付いたらしい。基本的に海軍には志願兵が多いが、徴兵されて艦に乗っているものもいる。幸いにもとは、何という言い草だと全員が思ったのだ。

「失礼しましたつい口が」

 彼はそそくさと艦橋を後にした。司令部は記者に対し艦内勝手、つまり自由行動を認めている。


 記者の筆一つで派遣艦隊の努力も成果も吹っ飛ぶ、それを恐れているらしい。

「くそったれが、海に叩き込んでやろうか」

 佐野らしい意見だ、が士官としてはいささか不謹慎だ、それでも氏家はあえて注意をしなかった。


「艦長、七時方向魚雷です、輸送船に向かいます」

「喚起信号」

 輸送船が大きく舵を切る。発見が早かったこともあって、かかろうじてかわすことができたようだ。


「戦闘配置、爆雷戦用意」

「艦長、感ありました、右舷後方です」

「面舵」

「魚雷、三時方向」

「舵中央、最大戦速」

 艦が大きく傾く。

「魚雷後方通過」

 あのまま舵を切っていれば、どてっぱらにあてられていたはずだ。

「敵潜感ありません」


「輸送船団指揮より入電、アレキサンドリアまでの直掩願う」

「指揮あて打電、了解」

 Uボート狩りをやめて援護をしてくれということか、直掩のイタリア艦の面目丸つぶれだな。


「達する、本艦これより輸送船団の直掩に当たる。各員見張りを厳重にすること」

「イタリア艦に打電、我、最後尾にて、護衛につく。我に策あり」

 取りあえず今の敵潜だ、間違いなく後ろに来るはずである、こいつを仕留めておかない限り安心して航海ができない。


「記者さん、これからが本番です。申し訳ないが我々にはあなたを守る余裕はない、全力を尽くすが、勝負は水物です。武運拙く被雷した場合でも、乗組員は退艦命令以前に逃げれば逃亡罪で銃殺刑です。ただあなたは民間人なので、自分の判断でいつ逃げてもらっても構いません」


 記者の顔が青ざめた、先ほどまで、敵潜が現れないのが残念と言っていたのが滑稽に思える。俺も意外と意地が悪いと氏家は思った。

 横を見ると佐野のみならず、艦橋にいる全員の目が笑っていた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る