第11話 ギュンター
「艦長、蓄電池充電完了しました」
これで潜れる、ロルフ・ギュンター大尉は、この時ばかりは神に感謝をささげたくなる。
海中における潜水艦は、蓄電池からの直流を動力としている。充電にはディーゼルエンジンを使用しなければならないが、潜航中はエンジンを回すことができない。戦闘海域で充電のために浮上する、それが潜水艦の最大の弱点だ。
「潜航用意」
艦上にいた乗員が一斉に艦内に戻る。最後がセイルにいたギュンタ-自身だ。ラッタルをかけるように降りる。ハッチを閉めると艦内には独特の空気が充満する。
塗料、軽油、なによりも男たちの汗、それらがない混ざった独特の臭い。潜水艦乗りは、陸上にいてもわかると言われるゆえんだ。
潜水艦に初めて乗ったものは、まずこの空気に打ちのめされることになる。しかしギュンターにはなぜか心地よい。
この空気に包まれるということは、自分は自由を得ているということだからだ。
「深度二十で水平」
艦はクレタ島の西、約二百マイルに位置している。
アレキサンドリアとマルセイユを結ぶ航路を寸断する、彼に与えられた使命はそれだけだ。
「深度二十、艦水平です」
前後のタンクのバランスをとり、艦をニュートラルの状態に保つ。言葉で言えば簡単だが意外と難しいものだ。
潜水艦は水上艦に比べ不安定なものだ。そもそも潜水状態では予備浮力はほぼない。操艦を間違えると、そのまま奈落に引きずり込まれる。
「艦長、船団です」
聴音員が戦闘開始の合図を出した。
「潜望鏡深度」
最初から潜望鏡を使える深度にいればいいのだが、波があるときはバランスをとることが難しくなる。
さらにこの戦いで急速に発展した航空機による索敵で、上空から発見される危険もあった。
潜水艦は速度が遅いこともあって、存在が確認されるとその後の行動は極端に悪くなる。
「潜望鏡上げ」
潜望鏡の回転に合わせ、視界の隅でコンパスが動く。
居た、ギュンターの中で闘志が沸き上がった。どうやら英国の輸送船団らしい。
だが護衛は、見たことがない艦影だった。いや一隻はH型駆逐艦か、いやあの太陽のような軍艦旗は。
「航海長」
ギュンターは潜望鏡をワルター中尉に譲った。
「英国船団、護衛は日本海軍ですか」
「らしいな、お手並み拝見と行くか」
「一番、二番発射用意」
魚雷発射管の開く鈍い音が艦内に響く。ギュンターは敵に悟られないことを願った。
「進路ふた、ふた、はち」
船団はまだ気が付いていないようだ、いける。
「一番発射」
圧縮空気が放出される音、同時にH型駆逐艦が回頭した。発見されたか。
「潜望鏡下げ、急速潜航」
「深度五十で機関停止、トリム水平」潮流で逃げる」
「敵艦きます」
「爆雷です」
下から突き上げる衝撃波、艦が大きく揺れる。機関停止を命じた地点に正確に爆雷が投下されていた。
なかなか素早い相手である。
「潜望鏡深度」
爆雷の破裂音で敵艦もこちらをロストしているはずだ。お返しをせねばならない。
「艦尾発射管用意」
「進路ご、まる」
「発射」
「急速潜航、深度七十、全速前進」
命中音はしない、外したということだ。日本海軍なかなかやる、ギュンターはうれしくなった。
「機関停止、このままニュートラルで逃げる」
「敵スクリュー音、遠ざかっています」
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