第12話 ギュンター大尉 その2
「ギュンター、クラインがやられた」
久しぶりに基地に帰投し、司令部に出頭したギュンターにベッカーが悲痛な顔で声をかけた。
三人は兵学校の同期だった。
「クラインが、信じられん」
クラインも既に多くの輸送船、敵艦を屠っている歴戦の勇士だった。
「日本海軍らしい」
「日本海軍だと」
ギュンターは先日見かけたH型駆逐艦のことを思い出した。
「マルタにいるスパイによれば、艦長は、うじいえとかいうらしい」
「うじいえか、わかった俺が仇をとる」
戦で個人的感情にとらわれることは敗北につながることになる。冷静さを欠くことになるからだ。
ギュンターはそのことはわかっている、しかし自分があの時、うじいえを沈めていればそう思ってしまうのは仕方がないことだった。
「日本海軍の動きがあれば知らせてほしい」そう司令部に依頼してから半月ほどが過ぎていた。
「奴が、動く。明日出港するブリテンの護衛だ」
既にうじいえは直掩ではなく、外周から遊撃作戦をとっていることがわかっていた。
「ベッカー、手伝え」
ギュンターは氏家を罠にはめることにした。
「U-30、輸送船に対し雷撃」
聴音員が叫ぶ。U-30はベッカーの艦だ。
「駆逐艦近づきます」
来たか、うじいえ。ギュンターはほくそ笑んだ。
「U-30、機関停止」
「針路ひと、はち、まる。機関全速」
派手に響け、食らいつけ。
「潜望鏡深度に到達次第潜望鏡上げ」
潜望鏡の中に敵艦が映っている。こちらに向けて猟犬のように駆けてくる。
反応が早い、しかし、それが貴様の弱点だ。
「潜望鏡下げ、機関停止」
ギュンターはゆっくり十数えた。
「U-30、動きました」
「敵艦減速」
そろそろ自分の置かれている立場に気が付いたか。
「後部五番発射用意」
「機関全速潜望鏡上げ、一番二番発射用意」
「後部五番発射」
「U-30魚雷発射」
うじいえが回頭しているのが見えた。
「針路ふた、なな、ご」
「一番発射」
こちら雷跡を発見したのだろう増速してかわそうとしている。
「二番発射」
聴音員がレシーバーを外した。命中音に備えたのだ。レシーバーを付けていると鼓膜が破壊されることになる。
「うじいえに神のご加護を」
ギュンターは撃沈を確信した。
ゴーン、という鈍い鐘をついたような音が響いた。
「敵艦いまだ行動中」
聴音員が悔しさをにじませた声を発した。
「不発か」
ギュンターは怒りを飲み込んだ。今回は向こうがついていたということだ、次は仕留める。
「新たな敵艦です」
「急速潜航、爆雷に備えよ」
あとは根競べである、いつものことながら神に祈るしかない。
潜水艦乗りになった以上死を恐れるものではないが、それでも爆雷がそばで爆発すると髪の毛が逆立つ思いがする。
「敵艦反転、機関音遠ざかります」
それでもすぐに動くのは危険だった、中には機関出力を下げ、水上で待ち伏せをする者もいるのだ。
「メインタンクブロー」
「潜望鏡深度に到達後潜望鏡上げ」
最終的には賭けなのだ、潜望鏡を三百六十度回す、敵艦の艦影はなかった。
「浮上、交代で艦外へ。充電用意」
艦内のあちらこちらから安堵のため息が漏れた。
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