第13話 スパイ

「お受けします、先日は私も危ういところでしたから」

 氏家は直立不動で答えた。彼の目の前には連合軍の司令官たちが顔をそろえていた。


 最近輸送船の運航計画が敵方に漏れているという疑いが出てきた。

 複数のUボートに待ち伏せされ輸送船のみならず護衛艦にも損害が出ている。マルローも待ち伏せに会い戦死した。


 そして氏家自身も、この場にいることができているのは、単に幸運だったからだ。場合によっては地中海の藻屑になっていたかも知れないのだった。


 君が護衛するのは、ダミーのぼろ船だ。船員も志願のもので最低限だけの人数しか載せない。


 敵は間違いなく複数で来る。アウトレンジで数隻の駆逐艦を付けるが、くれぐれも気を付けてくれ。


「各員、配置のまま聞け」

 想定海域到達前に、氏家は今度の作戦について、総員に訓示を行った。

「輸送船は、ぼろとはいえ人命がかかっている。もちろんわが艦も沈めるわけにはいかない。各人自己の職責にかけて奮闘されんことを願う。全員で生きて帰るぞ」


 おそらく敵の行動は依然どおりのはずだ、同じ手は二度とは食わん。氏家は心に誓った。


「右舷魚雷です、輸送船団に向かっています」

「輸送船団 予定通り散開しています」

 ぼろ船だけに船速もまちまちである、集団行動よりは各個で行動する方が犠牲が少ないという判断である。

 しかも、今回の航海に目的地はない、とにかく逃げればよかった。


「司令部に打電。我、狼狩りを開始」

「敵潜探知、左舷十一時方向」

「爆雷戦用意」


「針路ふた、ふた、ご」

 取りあえずは、先に探知された位置に向かうと見せた。

「右舷見張り潜望鏡はないか」

「潜望鏡発見、五時方向」


「取舵一杯、進路きゅう、まる」

「魚雷です」

「最大戦速」

 元の位置に向かって雷跡が伸びていく。


「敵潜発見、艦首方向、距離三百、二百」

「爆雷分散投下、間隔三秒、用意、てっ」

 爆雷が三秒ごとに投下されていく。


「後方浮遊物、油です」

「後方英国海軍です」

「左舷、桃と欅です」



 ウイリアム大佐自ら出撃ということらしい。

 後方に英国艦隊、左舷に帝国海軍、やつらに逃げ場所はない。

 爆雷が投下された。


「司令部より受電、艦長、基地帰投後ただちに司令部に出頭乞う」


「氏家少佐、出頭いたしました」

「入れ」


「間諜が見つかった」

 海軍兵学校の一期先輩である少佐参謀だ。

「英国の情報部が逮捕に向かったが、逮捕直前に拳銃自殺された」


「誰なんですか」

「君も知っている人物だ、英国婦人海軍部隊、シンプソン中尉」


 氏家は耳を疑った。

 司令部は、数人に疑いをかけていた。その数人に違う計画が渡るように仕組んだ。

 安直な手ではあったが、間諜は見事に引っかかった・

 参謀の話はそういうことだった。


 しかし、あのシンプソン中尉が。

「実は英国情報部は君とシンプソン中尉の仲を疑っていてな」

「私をですか」

 それは心外な話だった。


「まあ、怒るな、連中らの考えそうなことだ、貴官が成果を上げたことで奴らも馬鹿な考えを捨てたはずだ」






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