第14話 国際試合
「艦長すごい顔ですね」
佐野大尉に言われなくてもわかっていた。瞼の腫れはだいぶんと引いたものの、いまだに左目の視界が狭い。
「ウィリアム大佐が引き分けにしてしまわれましたが、艦長は勝ったと思いますか?」
「いやぁ。完敗じゃないのか、ダウンをとられなかっただけよかったというのが本音だな」
ノーマン中佐との異種格闘戦は話題を呼び、各国の将校、下士官たちが見物に来た。さらには各国に司令までも見学に来ていた。
そのためかどうかは知らないが、試合前には両国の国歌が英国海軍軍楽隊により吹奏されるに至り、試合はがぜん公式なものになってしまった。
氏家も空手の腕に自信はあったが、ボクシングは勝手がかなり違った。氏家の流派は、遠間からの突き蹴りを主とすることもあって、間合いの切りづらいリングは、かなり戦いにくい舞台だった。
結果、接近戦に持ち込まれた氏家は、かなりパンチを食羅うことになった。
もっとも、蹴りを何本か決めた感触もあったので、あちらも、あばらにひびくらいは入っているかもしれない。
「馬鹿なことを言わなければよかったよ、まったく」
苦笑いをするしかなかった。
「顔を晴らしたなどというのは海兵の四号生徒以来ですか」
佐野が笑う、相変わらず無礼な奴だ。
「意見を言ってもよろしいでしょうか」
ボースン(甲板長)の木下兵曹長が口をはさんだ。
「下士官兵は、艦長のなさったことに感動いたしております。特に騒ぎのもとになった連中は、懲罰を覚悟しておりましただけに余計に、そうだな野本一水(一等水兵)」
「そのとおりです。水兵を代表して艦長に感謝申し上げます」
「ありがとうございます」
艦橋にいた下士官兵から一斉に声が上がった。
「何を言う、君たちがカッターで勝ったことで、私は佐藤閣下からお褒めの言葉をいただいた。こちらこそ礼を言わねばならん」
カッターレースは、日米だけでなくフランスやイタリア海軍、さらには輸送船団からの選抜も参加しての盛大なものとなった。
レースは五艇が一艇身差という接戦になったが、「棕櫚」のクルーは接戦をものにしていた。
「閣下をはじめ、あちこちから、酒や甘いものの差し入れがある、帰投後楽しんでくれ」
結果として、寄せ集めだった艦の雰囲気がよくなっただけではなく、連合国内における帝国海軍を見る目をも変えることが気がする。
そうであれば、顔の腫れぐらいは、やすいものだと氏家は瞼に手をやった。
シンプソン中尉の一件は、連合国の司令部に深刻な影響を与えた。
取り分け英国海軍は士官が間諜だったということに衝撃を受けていた。
かの国は自国に限ってと、たかをくくっていたきらいがある。そのために、シンプソン中尉に疑いを持った情報部に対して、非難を浴びせた参謀までいたと聞く。
そんな司令部の暗い雰囲気を吹き飛ばすことになったのが、氏家とノーマンの試合であり、カッター競技だったのだ。
最初にもめ事を起こした水兵たちを不問に付すぐらいなんでもないことだった。
「戦闘配置、見張り員は雷跡及び潜望鏡の発見に努めよ」
輸送船団が速力を上げた。
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