第15話 奇襲

「艦長、フランス艦隊、真上を通過中」

「潜望鏡上げ、前進微速」

 ギュンターは潜望鏡の中にフランスの駆逐艦隊群をとらえた。


 話は数日前にさかのぼる


「ギュンター、また二隻やられた。罠を張ったつもりが、どうもこっちがはめられたらしい」

 司令部の参謀は苦渋の表情を浮かべていた。


「敵司令部に送り込んでいた情報員からの連絡も途絶えている」

「向こうもそれほど馬鹿ではないということですか」

「ああ、少しばかり我々も調子に乗りすぎたようだ」

 ギュンターは先に司令部で作戦変更に関する意見を具申していた。


 日本海軍の「うじいえ」を逃がしたことで、こちらの手の内がばれているはずと。

 それをまだいけると退けたのは誰あろう、目の前にいる中佐参謀だった。


 ギュンターにすれば、だから言わんこっちゃないという気持ちだったが、いまさらそれを言ったところでどうしようもない。沈められた船は戻ってこないのだ。


「私に策があります。今回の借りを返して、奴らを港から出らねぬようにしたいと考えます」

 参謀は目を輝かした。


 ギュンターにはこの男の考えはわかっていた、失敗すればギュンターの失敗、うまくいけば自分が起案したと上に報告するのだろう。

 哀れな奴とは思うがギュンターにはどうでもいいことだった。

 彼にはただ敵船を撃沈する、それ以外のことはどうでもよかった。


 二日後、ギュンターはマルタ島の沖合に潜んでいた。

 潜望鏡深度で、敵艦隊が帰投するのを待ちかまえていたのだ。

 ギュンターは大胆にも駆逐艦隊の最後尾に艦を付けた。


 敵駆逐艦の聴音員は自艦のスクリュー音に妨げられ、ギュンターの艦を探知することはできないはずだった。海面すれすれに上げた潜望鏡もまた、スクリューが作り出す泡の中にまぎれている。


 当然艦は揺れ、操船は困難を極めるが、ギュンターは部下を信頼していた。

 港の入り口に張られている防潜網はフランス艦隊を通過させるために下げられているはずだ。


 ギュンターは潜望鏡を回転させ、港の全域をみた。

 残念ながら、一番沈めたいと願った日本艦隊は、いなかった。今も地中海のどこかで、ギュンターの仲間を追っているのだろう。


 ギュンターはフランス艦隊の前方に停泊している二隻の英国駆逐艦を攻撃することにした。

「一から四番発射用意」

「発射」

 魚雷は、あたかもフランスの駆逐艦が発射したかのように見えるだろう。

「面舵一杯、後部五番六番発射用意」


 海が揺れた、爆発音が艦内に響く。港はパニックになっているはずだ。このチャンスを逃す手はない。防潜網が上げられる前に港からでなければならないのだ。

 事態を把握したのか煙突から煙を上げ、フランスの駆逐艦がやっと回頭を始めたときに、ギュンターは既に港外に位置していた。


 来い来い、ギュンターは潜望鏡を覗きながらつぶやく。

「五番、六番、発射」

「メインタンクブロー」

「砲撃戦用意」

 港の入り口にフランスの駆逐艦がたどり着いたときに、魚雷が命中した。


「準備が整い次第、砲側判断にて目標を攻撃」

 港内は火の海だった、かつ港の入り口にフランス艦が擱座かくざしているための他の船は港の入り口で、停滞している。


 艦載の八十八ミリ砲が連続して火を噴き、敵駆逐艦の艦橋あたりに着弾した。

 乗員から歓声が上がる。

 実のところこの砲撃にはあまり軍事的意味はない。

 

 潜水艦の搭載砲など軍艦の装甲に対しては、豆鉄砲だ。今回もせいぜい艦橋のガラスを吹っ飛ばしたぐらいだろう。

 しかしほぼ一日潜水して敵を待った乗組員にはこれぐらいの褒美は必要だった。乗員の士気は一気に高まったはずである。


「急速潜航用意」

 長居は無用だ、いつ敵が戻ってくるかはわからない。ギュンターはラッタルを駆け下りた。

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