第23話 記者 その3

「艦長は海軍兵学校は」

「三十四期です、ハンモックナンバーは極秘ということで」

「ということは、先の戦役では?」


「戦が終わってからの卒業です」

「ならば遠洋航海も経験されたということですか」

「三景艦、ご存じですか」


「ええ、松島、宮島、橋立ですよね、日清、日露で活躍した」

「はい、巡洋艦です。遠洋航海は松島に乗りました」

「え、松島ですか」


「ああ、やはりご存じですか、さすが記者さんだ」

 記者の反応で氏家は、彼が松島の運命について知っていることを悟った。

「私が乗った翌年でした」

「じゃあ、お知り合いの方が」

「はい同じ部屋のものも何人か」


 巡洋艦松島型は、清国の定遠型に対抗するため建造された船だ。

 しかし船体と主砲のアンバラスなどから、運用は難しかったとされる。

 そのためか、日露戦争終了後、三艦そろって練習艦隊に編入された。


 その艦を遠洋航海で利用した最初の期が、氏家たち三十四期だ。東南アジアおよびオーストラリア方面への航海だった。今思い出しても訓練は楽ではなかったが、赤道祭や寄港地での観光など楽しかった記憶もある。海軍士官としての第一歩だった。


 その松島は、翌年の遠洋航海中に馬公で爆発事故を起こし、多くの少尉候補生が殉職した。

 先ほどの記者の反応はその事実を下敷きにしている。


「兵学校でお世話になった上級生から下級生まで、すでに幾人もの人間がこの世にいません。軍人である以上それは仕方がないことですし、我々は常にその覚悟で戦っています」

「わかりました、そのことも記事にできればと思います。最後にもう一つよろしいですか」

 氏家は無言で頷いた。


「ここでの戦いは、帝国にとって直接的な利害関係はありませんよね、そのことについてはどうお考えですか」

 もちろん個人としては氏家にも思うところはあった。

「軍人は命令に従うだけです。意見などはありません」


 記者が聞きたいのは、そんな表向きの答えではないことはわかっている。しかし氏家はそれ以上のことを言うつもりはなかった。

 氏家の表情に記者はあきらめたようだった、謝意を述べ立ち上がろうとしたときに、艦内放送がかかった。


「イタリア艦から信号、潜望鏡発見」

 氏家は瞬時に反応した。壁の受話器を取ると下令した。

「戦闘配置」



「イタリア艦から敵潜位置についての通告は」

 艦橋に戻ると同時に氏家は航海長に尋ねた。

「輸送船団の後方とだけ」

「聴音員、感は」

「ありません」

 即答だった、イタリア艦からの信号がくる以前から耳をすましていたに違いない。


 Uボート側に立ってものを考えたとき、潜望鏡深度でニュートラルでいることはそれほど簡単なことではない。例によって待ち伏せか。

 艦橋に緊張感が漂う、不発であったとはいえ、魚雷を命中させられた経験があるのだ。重苦しい時間が過ぎる。


 氏家は時計を見た。通告があってからかれこれ十五分以上が過ぎた。船団は回避運動をとりながらも、十二ノットほどの速度で進んでいる。つまり距離にして、五千メートル、すでに魚雷の有効距離からは外れていた。


「砲術長、航海長どう思う」

「イタリア艦の誤認かと」

 航海長の意見に佐野も同意した。もちろん氏家自身もそう思っている。

「戦闘配置もとい」

 艦内に漂っていた緊張感が一気に解けた。


「くそ、いったいどんな目をしているんだやつらは」

 佐野が憎々しげにつぶやく。

「ぼやくな砲術長、何事もなかったことを喜ぶべきだろう」

「それはそうですが、こんなことが増えるから、うちの出番が」

 輸送船団からは、帝国海軍の護衛なしには出港しないという声が一層強まっている。

 ありがたい話とも思うが乗組員の精神的負担は一層増える。


 氏家は連合国の早い勝利を願っている。欧州に帝国陸軍が派遣できれば、ちらっと脳裏をかすめたことではあるが、氏家はすぐさま打ち消した。今の日本にそこまでの国力はないことぐらい承知していた。

 英仏に、そして新規参戦した米国に頑張ってもらう。そのためには、今従事している護衛任務が何より大事なのだ。あとひと踏ん張り、だった。

 






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