第24話 ギュンターの帰還
ブルガリアが連合国と停戦、トルコが降伏、戦争も終わりが見えかけてきている。
ギュンターの戦友たちも多くは既にこの世にいない。
「今更地中海か、貧乏くじだな」
そんな言葉を投げつける同僚もいる。
「借りを返さなきゃならんからな」
既に、輸送船をいくら撃沈しようが、戦局に影響はないかもしれなかった。西部戦線も敵軍が優勢になっていると聞いている。
それでもギュンターには地中海に戻る理由があった、ウジイエを沈める。
ギュンターが沈めておけば、多くの戦友が命を失うことはなかった。彼らの魂のためにもやつを沈めなければならない。
「艦長、タリファ、西方十マイル地点です」
「潜航用意」
夜間に乗じてここまでは浮上して航行していた、おかげで蓄電池は満充電されている。
ジブラルタルにある英国海軍のトラファルガー基地には、艦船が増やされていると聞く。
船団護衛任務が減り余裕の出た勢力を海峡封鎖に転用しているのだ。
半年前にキールに帰るついでに、駆逐艦を沈めたことも兵力増強に影響しているのかもしれない。
地中海にUボートを入れなければ船団護衛の必要が格段に減るのだ。
「艦長から達する、本艦はこれよりジブラルタルを抜け地中海に入る、今回の作戦行動において目標はただ一つ、日本海軍だ。諸君がこの作戦に志願してくれたことに感謝する」
ギュンターは潮流に乗り地中海に侵入するつもりである。海峡には平均して二ノット余りの西流がある。後ろからの流れは、船にとって実はあまりありがたいものではない。
水上艦においても後ろからの強い流れは、転覆事故を起こさせる要因である。ましてや不安定な潜水艦においては、操艦は楽ではない。
それでもスクリューを回すことで、哨戒中の駆逐艦に発見されるリスクよりはましである。
「艦長、哨戒艦です」
艦内に緊張が走る。海峡をぬけるまではあと二時間余り。
手空きの乗組員はベッドや食堂で楽な姿勢をとっている。こちらがいらぬ音を出さない限りは、発見されることはない。
「哨戒艦遠ざかっています」
気付かれることはなかったようだ。
神のご加護か、死神の誘惑か。
「海峡抜けます」
「前進微速、潜望鏡深度」
「潜望鏡上げ」
意外と近くに敵はいた、機関を減速したのはこちらをおびき出すためか、ギュンターは一瞬心臓の鼓動が早くなったのを感じた。が、そうではなかったようだ、どうも漫然と哨戒をしているようだ。
「一番、二番発射用意」
船尾の旗はホワイトエンサイン、英国艦だ。同じH型でもウジイエではない。
「針路ひと、ひと、はち」
距離は約二千。基地に帰投するつもりらしい、あいさつ代わりに沈めておこう、ギュンダーは決めた。
しばらく暴れれば、やつが現れるかもしれない。
「敵、機関音増大」
「気が付いたか、だがもう遅い」
距離は一千を切っている。
「一番発射、舵中央のところ、面舵五度」
十、九、八、七、六、五、四、三、二、ギュンターは時計をにらむ。
「二番発射」
「急速潜航、深度八十」
水中を衝撃音が伝わってきた、あとは確認の必要はない。
奴はどこにいるのか。
五日後、ギュンターはマルタ島の沖にいた。奴は、ここにいる。
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