第25話 因縁

 ジブラルタルで英艦が沈められたと聞き、氏家は直感的にギュンターの仕業だと思った。

 戦争は私闘ではない、個人の感情で兵を動かすことは、軍人として決して許されるものではない。しかしそんな建前は別として、氏家はギュンターとの決着をつけなければならないと思っている。

「英艦は単独で哨戒任務を行っていたのでしょうか」

「基地も近かったから、気が緩んでいたのかもしれませんね」


「私の思い過ごしかもしれんが、奴は本艦を狙っているような気がしてならない。諸君が奴ならどうする」

 士官室での会話だ。

「たぶん待ち伏せ、それもこの港の近くで」

 珍しく機関長が最初に発言した。兵科士官がいる場で機関科士官が戦闘に関する発言をすることはほぼない。なぜなら海軍の規定では指揮権は兵科士官がにぎっている。戦闘時、兵科士官が生き残っている場合は、その階級が少尉であっても機関少将ですら指揮権はない。


「だろうな、私もそう思う」

「となると、港を出るときから見張りを厳重にせねばなりませんね」

「トップ(檣楼見張り所)の要員を増やしますか」

「とりあえず、目と耳で対応ですか」


「こちらから、何か信号を出して探すようなものはできないのかな」

「実験では成功しているようですが」

 さすがに通信士は、その所掌上詳しいらしい。


「早くできてくれるといいんだがな、この戦争には間に合わないんだろう」

 一同はため息をついた。結局現状では潜望鏡を見つけるか、敵潜がうかつに音を出してくれるかしかないのだ。


「そろそろ護衛任務も終わりだ、最後まで気を緩めることなく、生きて故国に帰ろう。航海長、船団との会合予定は」

「ほんひ、ひとまるまるまる、です」

「では出港用意三十分前を」



「防波堤通過」

「出港用意もとい」

「艦長より達する、先日、本艦の同型艦である英国艦がUボートにより撃沈されている。このところ敵に遭遇することが減ってはいるが、各員は改めて見張りに全力を尽くすこと。以上」


「輸送船団指揮から入電、現在のところ異常なし、定時にて会合予定」

 さて、そろそろということか。まずは輸送船の護衛が第一である。

 海上模様は穏やかだ、潜望鏡を発見しやすい。こちらにとって取りあえず有利と言えるだろう。


「艦長、敵潜、感あり。方位、ひと、さん、ご。待ってください、感消えました」

 艦橋内に緊張が走った。

「今の音は、聞き覚えがあります、本艦に魚雷を命中させた奴に間違いありません」


 椛島兵曹の耳は派遣艦隊一だ、おそらく間違いはないだろうと思う。ギュンターの件は下士官兵には知らせていないのだ。

「各員は潜望鏡発見に全力を尽くせ」

「航海長、之の字運動開始」


「各砲、爆雷発射用意」

「輸送船団指揮及び護衛各艦長に打電、我、敵発見、対潜戦闘に入る」

「十一時方向、潜望鏡航跡発見、距離六百、本艦に向かっています」


 トップの見張り員だ、近い。敵さんもへまをしたということか。

「取舵、舵中央のところ、三十度、最大戦速」

 この距離では爆雷は利かない。砲撃よりもぶつける方が効果的だろう。


「潜望鏡見えなくなりました」

「敵潜潜航中、本艦の真下を通過します」

『ゴーン』という鈍い音が響いた、船底にわずかな衝撃がある。


「何が当たった」

「艦橋構造物もしくは潜望鏡かと」

「ペラ、舵、聴音器の損傷確認」

 即座に異常なしの報告が上がってきた。潜望鏡であれば、こちらにとっては格段に有利になる。


「面舵一杯、六十度回頭点で面舵一杯」

 艦が大きく傾く。

「原針路二十度手前で舵中央」

「原針路の反方位に乗りました」

 これで衝突点近傍に、艦は戻っているはずだ。


「水雷長爆雷攻撃」

「爆雷投下用意、ごー、よん、さん、ふた、てーっ」











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帝国海軍地中海戦記 ひぐらし なく @higurashinaku

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