第22話 記者 その2
「棕櫚」は速力を徐々に落としている。戦闘海域で足を止めるということは、危険極まりない行為だ。船の舵は速力がなければ利かない、つまり雷撃を受けた場合に逃げようがないのだ。
「氏家少佐、艦が停まっています、何かあったんですか」
記者が、真っ青な顔で詰め寄った。
「静かに、分かっています」
「でも、このままでは」
「黙れというのがわからんか」
佐野大尉が怒鳴りつけた。
お前の方がよっぽどうるさい、氏家は苦笑したが、驚いたのか記者は静かになった。もっとも顔は青ざめたままだ。
「魚雷発射管開きました」
椛島兵曹の声が響く。動いた。
こちらを機関故障により置いて行かれた船と判断したのだろう、望むとおりだ。
「前進、最大戦速まで増速」
「四時方向魚雷」
「爆雷戦用意」
「十五ノットまで速力読み上げ」
「十、十一、十二、十三、十四、今十五」
「取舵一杯」
艦が大きく傾く。
「右舷、魚雷通過」
「魚雷発射点から推測、敵潜位置ひと、ひと、さん、距離三千五百」
「敵潜出力を上げ潜航中」
「魚雷です」
「面舵さんまる度」
さっきまで震えていた記者が、カメラを取り出している。怯えはどこへ行ったのか、後部甲板に向かってかけていく。
「爆雷投下用意」
「てーっ」
海中からの振動が艦を揺さぶる。遅れて、ひとつ、ふたつ、と水柱が上がっていく。
「右舷後方オイルと浮遊物です」
「浮遊部、甲板部材と思われる木材」
「感ありません」
「戦闘配置のまま待機」
じわじわとオイルの輪が広がってく、さらにいくつかの浮遊物も。
一時間がたった。潜水艦の気配は完全に消えている
「戦闘配置もとい」
「本艦護衛任務に復帰する、順次交代にて休息をとれ」
氏家が艦長室に戻り一服していると、扉がノックされた。
「先ほどは失礼しました、偉そうなことを言っておきながら、不細工なところをお見せして、恥ずかしい限りです」
しきりに恐縮する記者を、ソファーに導いた。
艦長室には、狭いなりにも一応応接用の設備がある。
「いや、カメラを構えればプロフェッショナルですね」
氏家の正直な感想だった。
「ありがとうございます。国民に訴えることのできる写真が撮れました」
「いや水上艦と異なり、潜水艦はどうしても轟沈とはいきません。そこは記事の方でよろしくお願いします」
「承知しました、あとは、艦長ご自身のお話などお聞かせ願えれば」
「私のですか、とりわけ何も」
「いかにして海軍士官となられたかなど、あとに続くもののためにお話をぜひ」
あまり気乗りしない話だ。
氏家は、北海道の伊達村に生まれた。父親は道庁の管理をしていたこともあって、子供のころから学業の成績もよく、中学から二高に進んだ。東北帝国大学に進み学者になるのが周囲の希望でもあった。
ところが、二高では氏家は頑張っても中ぐらいの成績であり、およそ学者になどなれそうにもなかった。
氏家は独断で高校を退学し、海軍兵学校に進んだ。親に無断だったこともあり、しばらくの間は父親から勘当を言い渡されていたほどである。
勘当が解けたのは兵学校を卒業し、少尉候補生として遠洋航海から戻ってきてからだった。
こんな話を聞かされたところで、あとに続くものの役に立つと思いますか、氏家は記者に尋ねた。
「そんな方でも、各国からの称賛を受けられるようになった、それが希望でなくて何ですか」
そんな方か、思わず氏家は苦笑した。
「すいません、失礼しました、いやあ、思いついたことをつい口にしてしまうたちで、本当に申し訳ありません。今までもいろいろ失敗しました。ご容赦のほどを」
人は悪くないらしい、恐縮する新聞記者の姿に、氏家は笑いをこらえきらなかった。
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