第8話 休日 その2

「どうした、何の騒ぎだ」

「米海軍の連中です」


「米軍だと?」

 米軍の参戦は帝国とほぼ同じ、すなわち地中海における戦いにおいても帝国同様新参者だ。


 そもそもモンロー主義により国民は参戦に対してあまり乗り気ではなかったはずだ、そこら辺りの事情も帝国と似ていた。

 その士気は決して高くはない。


「どうも本艦の乗員ともめたらしく」

 街には各国艦隊の乗員目当てに歓楽街が形成されている。

 連日命がけの戦に従事している兵士たちには、その手の息抜きが必要なのだ。


 酒も入れば女性をめぐってのいざこざも多い。各国は憲兵を派遣し治安の維持に腐心している。

 しかし、実戦でUボートと闘っている者たちにとって軍法会議など怖くもなんともない。営倉にいれられれば海上に出なくて済むと考えるものすらいる。


 すべてが任務遂行に邁進するものだけではない。徴兵で船に乗せられたものの中には、遠く故郷を離れた地中海で、命を落とすことに疑問を抱いているものもいる。

 たまの上陸で、羽目を外したのだろう、氏家はこれまでも大抵のことは大目に見ている。


 話は半日前にさかのぼる。

 連れ立って娼館に登った航海科の水兵三名の前に米兵が立ちふさがった。

 米兵は、帝国海軍が称賛を受けていることに不満を抱いていたらしい。


 酒も入っていたこともあって、彼らは普段の不満を晴らすことを考えたのだろう。

 最初の一言が、「サルが何をしに来た」だったらしい。

「まぐれでロシアに勝ったからって、でかい面するな」等々悪口雑言だったという。


 それに対して、本艦水兵が、Uボートの一隻も沈めてものを言えと返したことで乱闘になったらしい。

「たまたまうちの水兵は柔道の有段者が多くて、相手をさんざん路上にたたきつけたんですよ」

 あとで佐野が言った言葉だ、どこかよくやったとでも言いそうな彼の気持ちもわからないではなかった。


 この戦いは欧州各国が起こしたものだ、帝国はいわばぎりで参戦しているにもかかわらず、実働は帝国海軍が割を食っていることが多い。


「で、おさまりは付きそうか」

「向こうの憲兵隊が来たんですが、どうもやる気がなさそうで、舷門で防いでいますが、この分では発砲せざるを」


 当直将校の砲術士はひきつった症状を見せた。

「それはまずいな」

 氏家は、テーブルの引き出しから、購入したばかりのブローニングM1910を取り出した。


 舷門の前では、両国の水兵がにらみ合っていた。

 騒ぎが見渡せる位置に立った氏家は、空に向けて引き金を引いた。

 銃声が響き、同時に全員の目が氏家に向く。


「気を付け、艦長に敬礼」

 砲術士が裂ぱくの号令をかけた。


「本艦艦長の氏家である」

 砲術士が同時に英語で復唱する。

「この一件、本職に預けてくれぬか」

 米兵からヤジとブーイングが起こる。


 氏家はもう一度ブローニングを空に向けて撃った。

「貴艦の艦長と私が一対一で勝負をつける、それでどうだ」

 どよめきが起こった。


 氏家はゆっくりとラッタルを降りた。

「誰か君たちの艦に私を案内してくれるか」


「氏家少佐、来艦には及ばぬ、うちの乗員が御迷惑をかけた、ノーマン中佐だ」

 氏家より一回りほど大きな巨漢が水兵たちの後ろから現れた。騒いでいた水兵たちが一斉に気を付けの姿勢をとった。

 相手は中佐ということで氏家から敬礼をした。


「今の話お受けしよう。私は兵学校でもボクシングの選手だった、貴官は」

「私は空手というものをやっております、遺恨なしの勝負でいかがですか」

「空手か、うむよかろう、お受けする」


「日時は、今日というわけにはいかないだろうな」

「次の休みではいかがですか、いっそのことカッターのレースなんかも」

「確かに、それもいいかもしれんな」


「双方それで文句はないな」

 歓声が上がった。

「それまでみんな死ぬなよ」






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