第7話 休日

 小さな艦でも、意外と艦長は孤独だ。

 久しぶりの休日というのに、氏家にはやることもなく、妻と子供に向けて手紙を書いていた。


 他の乗員は若干の当直要員を残し上陸している。下士官兵は下士官兵で、将校は将校でそれぞれ連れ立って上陸しているはずだ。


 そんな中、艦長はお呼びがかからない。内地ならば他艦の艦長同士ということもあるが、派遣地ではそうもいかない。


 結局艦長は自室で本を読むか、司令部にでも顔を出すかしか、できることがないのだ。

 しかし一日間にいるというのも芸がないか、と思い立ち氏家は一人で街に出ることにした。


 これがイタリア本土であれば言葉にも困るが、幸いなことにというかマルタは英国領である。言語は英語なのだ。一人で出歩くとしても問題はなかった。

 彼は英国の日本大使館に勤務していたこともある。


 マルタには、古代の遺跡が多い、古くから地中海の要衝として各民族国家が覇権を争っていたのだ。

 そんな遺跡見物にでも行くかと思い立ったのだ。


「氏家少佐」

 ふいに女性の声で呼び止められたのは、アッパーバラッカガーデンで港を見ていた時だ。

 振り向くと、そこには夏らしく白のワンピースに大きな鍔のついた帽子といった姿の女性がいた。


「お分かりになりませんか、先日司令部でお目にかかった」

 言われて気が付いた、英国婦人海軍部隊の中尉だった。司令部で氏家たちの救助活動に礼を述べてくれた女性将校である。


「メアリー、メアリーシンプソン中尉です」

 さすがに挙手の敬礼はしなかったが、彼女は背筋を伸ばし、気を付けの姿勢で自己紹介、海軍では姓名申告という、をした。


 氏家は制服ではあるものの、彼女のいでたちをに配慮して、脱帽すると軽く頭を下げた。

「失礼しました、制服と違いあでやかさが、どなたかと思いました。ミス、シンプソン」

氏家はあえてルテナン(中尉)とは言わなかった」


「メアリーで構いません、ルテナンコマンダー(少佐)」

「私も階級なしで読んでいただいた方が、そうそうファーストネームは、りんたろうです」


 艦を離れれば、氏家とて三十そこそこの男性だ。女性に話しかけられれば、悪い気はしない。

「りんたろう、そういえば、お国の文学者でそのような方が」

「森陸軍軍医総監閣下、ああミスター鴎外と言った方がいいですか、よくご存じですね」


「私、大学では文学を学んでました。それで」

 メアリーは少しばかり、はにかんだように笑った。

「この後のご予定がなければ、少し早いですが、どこかで昼食でもいかがですか」


 彼女も休日だというのに、付き合ってくれる友人がいなかったそうだ。女性士官というのもまた、特殊な立場なのかもしれない。


 結局ランチとお茶で数時間を過ごしメアリーとは別れた、それだけのことだが殺伐とした勤務が続いただけに心が和んだのは言うまでもなかった。


 真夏の地中海は、日没が遅い。八時近くになってようやく軍艦旗降下のラッパが鳴った。


 舷灯がともり分類上は夜間に入ったものの周囲はまだ明るい。そんなころに艦の外が俄かに騒がしくなった。

 なにやら大勢の人間が英語で騒いでいた。


 何事だと、横になっていたベッドから起きたところで、ドアがノックされた。

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