第2話 救助
次の輸送船団の出発までは、やや日があった。
氏家率いる駆逐艦「棕櫚」はマルタ島の基地に帰投後、短い休日を許されている。
連合国の輸送船そのものは、連日運航されている。しかし帝国海軍は、日英同盟により参戦していることから英国の船団以外は、護衛しないことになっているのだ。
「氏家少佐、先日の護衛、船団指揮から感謝を伝えてくれと言ってきている」
英国海軍大佐、ウィリアムは氏家に握手を求めた。
「恐れ入ります大佐、貴国よりお借りしている「棕櫚」は素晴らしい艦です、それでありながら、敵潜を取り逃がしてしまいました。お恥ずかしい限りです」
「なんの、たった数週間の訓練で艦を運用している貴官及び乗組員に対し我々は惜しみない賛辞を贈らせてもらう。では休日を楽しんでくれたまえ」
氏家の敬礼に、大佐は英国海軍流の答礼を返すと、自らの仲間の元に戻っていった。
「いいなあ、君らは。休暇が多くて、我々は連日の出撃だ、毎日これが最後のワインになるかもしれんと思うと」
フランス海軍のマロリー少佐がワインのグラスを氏家に渡しながら、愚痴ともつかぬことを言う。
「軍人として国家の方針には逆らえん、我々が英国船団を護衛することで、ロイヤルネービーが貴国の船団も護衛できる。そう思ってほしい」
ロイヤルネービーと言えば、英国海軍のことだ。ちなみに帝国海軍はインペリアルネーピーである。ロシアのバルチック艦隊を葬ったことで一躍世界の脚光を浴びている。
「そういえば、今日のUは逃げずに雷撃してきたそうだな」
「うちの乗組員から聞いたか、さしずめ佐野あたりだな。おしゃべりな奴だ」
佐野大尉は「棕櫚」航海長である、兵学校で氏家の二期下に当たる。
「まあまあ、敵の情報を交換するのは大事なことだからな。地中海にギュンターが派遣されたと聞いた。案外今日の君の相手はそれかもしれん」
「ギュンター?」
「ああ北海で大暴れした男だ。やつのために一時英国は干上がりかけたと言われている」
「ジブラルタルを抜けてきたというのか、対潜網はどうしたんだ」
「スペインに聞いてくれ」
マルローはあきらめの表情を見せた。スペインはこの戦争には参戦していない。
欧州においても参戦していない国はある。一方我々は遥々アジアのはてから地中海までやってきて。軍人である氏家は、政治に対して意見は言わないが釈然としないところはある。すでに戦死者も出ている。「榊」艦長上原中佐は氏家が兵学校四号生徒の時の一号だった。
「艦長、十二時方向黒煙。輸送船が燃えています」
きょうの「棕櫚」は船団輸送ではなく哨戒任務に就いている。
「フランスの船団のようです」
「全速前進、本艦は該船の救助に当たる。半舷救助、半舷対潜戦用意」
艦内に緊張が走った。被雷時の救助は英国海軍ですら禁止している。それほど危険な業務だった。
敵潜は、マロリーたちフランス海軍に任せ、自分は救助に向かう。氏家は即断した。
危険は承知である。それでも船乗りとして、目の前で人が水没していくことを見捨てるわけにはいかない。
それは乗組員、否、船乗りとしての共通認識のはずだ。
幸いにして、帝国海軍には救助禁止の命は出ていない。
「救命艇降下用意、救命艇要員配置につけ」
「前進半速、停止、後進一杯」
該船までの距離千メートルを切ったところで、氏家は艦の行き足を止めた。
「聴音員、敵潜、感は」
「感なし」
即座に椛島が答える。
「救命艇降下、総員警戒配置」
敵潜が息をひそめているかもしれないのだ。ここで長時間、艦を停止させることはある意味自殺行為となる。
「前進微速、半速、面舵九十度」
氏家は該船の周囲を大きく輪を書くように艦を進めた。敵潜がとどめの魚雷を打てば、直ちに攻撃に移るつもりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます