第17話 海ゆかば

「爆雷投下用意」

「てーっ」

「敵潜、ブロー音、浮上します」

「主砲、射撃用意」


 敵潜は浮上することを決めたらしい、おそらく爆雷攻撃で外殻でも損傷したに違いなかった。

「右舷後方敵浮上します」

「敵潜浮上次第、主砲は射撃を初めよ」


 主砲の四インチ砲が轟音を上げ、敵潜の前部甲板が大きくめくれ上がった。もう潜ることはできないはずだ。

「艦長白旗です」

「撃ち方止め」


「臨検班整列」

「本艦は敵潜に接舷、生存者を捕虜とする、各員戦時国際法を遵守のこと」


 艦長オスカー・ハーシング大尉以下の将兵にさしたる負傷者はなく、司令部と協議の結果、彼らは英海軍巡洋艦に移送されることになった。


「艦長の名は、敵に知れ渡っているようですね」

「死神扱いか」

 氏家は自嘲気味の笑いを浮かべた。

 沈めた敵潜は既に五隻に上る。すでに三百名弱の敵兵を屠っていることになるのだ、敵兵にすれば立派な死神と言えるだろう。


「まさか、敵の艦長も言っていたじゃありませんか、軍人として尊敬すると」

 佐野大尉が珍しくまじめな顔で言った。

 軍人か、そうだったなと氏家は改めて思った。


 氏家が軍人になったのは、単に実家が貧しかったからだ。

 御一新前、彼の家は伊達藩の家臣だったが、藩が賊軍となり、更に版籍奉還で生活は困窮することになった。

 氏家が生まれたとき、父親は県の役人として奉職していたが、子供が多かったこともあって裕福とはいいがたかった。


 本来は、帝国大学で学問の道を目指したかったのだが、家にその余裕はなかった。

 俸給の出る学校として、陸軍士官学校と海軍兵学校、どちらかを選ぶしか道はなかった。


 ならば海軍の方が世界を見ることができるかも、という理由で兵学校を選んだ。

 結果として、今、遠洋航海以来の地中海でUボートを追い回している。世界を見てはいるが望んでいたものとは違う生活だ。


「艦長どうかされましたか」

「いや別に、情けないな、少々疲れただけだ」


「少し休まれては、ここは我々が」

「わかった、では何かあれば」


 氏家は艦長室に戻った。

 自分でも不思議なぐらい感傷的になっていた。地中海に来てそろそろ一年、内陸における戦闘も終末を迎えかけている。

 もうひと頑張りだと氏家は自らの頬を叩いた。自分は乗組員全員の命をに責任がある、感傷的になっているわけにはいかなかった。


「艦長、臨検班戻りました」

 拿捕した敵潜から、暗号表等の機密書類を押収するのが任務であるが、敵の艦長も馬鹿ではないそれらのものは既に処分されているだろう。


「司令部より入電、敵潜の処分は貴官に委任する」

「艦長より達する、各科長は士官室に集合」


 各科長に図ったところ、撃沈処分に異論はなかった。

 ただ、捕虜の前で撃沈は武人として忍びなかったこともあり、彼らを英艦に引き渡し後、各砲及び魚雷の訓練を兼ね撃沈と決めた。


「目標までの距離三千」

「主砲及び副砲射撃用意」

「てーっ」

 斉射によって艦が大きく揺らぐ。


「夾叉」

 目標をはさみ前後に水柱が上がる。あえて夾叉きょうささせたのは小さな敵潜に全弾命中させたのでは、それだけで沈没にいたる可能性があったからだ。


「針路まる、ごー。全速前進。魚雷発射用意」

「二十秒後反転、距離三千で魚雷攻撃開始」

「ご、よん、さん、ふた、ひと、反転」

 艦が大きく傾いた。

「魚雷発射用意」

「てーっ」

 鈍い圧搾空域の音とともに魚雷が海面に躍り出た。


「魚雷命中後、主砲及び副砲により斉射」

「ラッパ兵、吹奏準備」

「機関半速から微速、後進一杯、行き足止め」


「左舷整列」

「魚雷目標に命中」

「てーっ」

 砲弾が目標に吸い込まれ、ここかしこで爆発誘爆が始まった。


「目標沈みます」

「ラッパ兵、海行かば。総員敬礼」

 気を抜けば、明日は我が身である。氏家はこの戦争が終わるまで、艦も乗組員のだれ一人も失わないことを誓っていた。



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