第18話 幽霊船

「左舷に艦影が見えます」

「潜水艦のようです」


 月齢二日、二二〇〇ふたふたまるまるの地中海、サルディーニャ島、アルゲーロの西、六十マイル、波は穏やか。

 連合国の潜水艦が展開しているという情報はない、当然敵潜である。

「戦闘配置」

 輸送船団を護衛してない場合でも、会敵必戦が海軍軍人だ。


 敵潜もこちらを発見しているはずであるが、一向に動きがない、いや動きはあった。

 艦首を向け始めている。故障で潜れないのか。次第に速力を上げているようだ。

「主砲射撃用意」

「距離二千を切りました」

「てーっ」


 敵潜の周囲に水柱が上がるのが夜目にもはっきり見える。

「敵潜針路を変えません」

 命中していないのか、外す距離ではないはずだ。


「突っ込んできます」

「激突するぞ、各人耐衝撃態勢」

「当たります」

 思わず目を閉じた。


「目を開けると、敵潜は影も形もない。もちろん潜航できるはずもない。消えた、そうだ」

 あちらこちらで大きく息を吐く音、そして笑いがおこる。


「砲術長、どこから仕入れた怪談だ」

「まったく貴様は」

 士官室での夜食タイムだ。船の食事は一日四食である。夜食は基本麵などの軽いものであるが、戦艦などではこの時間以降酒類も許される。


 ちなみに「棕櫚」のような駆逐艦では、艦内飲酒は原則禁止だ。場所も乗組員も少ないのだ。酔っぱらっていては戦にならない

 戦闘海域でも常時緊張しているわけでもなく、こういった時間がなければ神経が持たない。


「そういえば、まさしくこの海域、今が、話の舞台だろう」

 航海長だ。彼の頭の中には海図と時計が入っている。


「左舷、艦影が見えます、距離約一万」

 いきなり見張り員の声が艦内に響いた。

 全員がお互いの顔を見る。

「行くぞ」


「潜水艦のようです」

 冗談だろう、氏家は砲術長、佐野大尉の方を見た。佐野が首を勢いよく横に振る。

 敵潜は動かないままだ。


「各砲及び魚雷発射管戦闘用意」

 相手が動かないのでは対応のしようがない。

「砲術長、脅してみるか」

 佐野が頷いた。


「副砲威嚇発砲、てーっ」

 狙いたがわず潜水艦の、艦首横に水柱が上がる。

 敵艦は動かない。


「艦長、白旗です」

 佐野が大きく息を吐いた。

「臨検班は後部甲板集合」

「敵潜に接舷する」


 敵潜上に乗組員が現れた。

「距離、二百」

「後進一杯」

 前部甲板に一度った水兵がサンドレットを大きく回し始めた。

 水兵が手を離すと狙いたがわず、サンドレットは敵潜の上をこえた。


 ドイツ兵が綱につけた舫索を手繰る。

「後部を接舷させる」

「後部三メータ、二メータ、接舷」

 軽いショックがあった。

「全部舫投下」

「この位置止め切り」


「臨検班、乗艦」

 五分ほどののち、ドイツ人水兵が移乗してきた。

「艦長、士官がいません」

 移乗してきたものの中に、士官はいない。下士官が三名、水兵が八名である。

 通常は艦長、戦死の場合上位の士官が先頭のはずだ。


「艦長敵艦内捜索の許可を願います」

 臨検班長である首席航海士が叫んだ、彼はベルリンの大使館に勤務していた経験がある。


「衛兵、その者たちを拘束しろ」

 数分後、敵潜のハッチから顔を出した首席航海士が怒鳴った。

 移乗してきた水兵たちは日本語が通じなかったのか、暴れることもなく拘束された。


「報告、敵潜の艦長以下士官は、絞殺及び射殺されており艦後部に、残りの乗組員が軟禁されています」


 幽霊船ではなかった。考えようによってはもっと悪い話だ、船乗りにとってもっともあってはならない話、反乱だった。









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