第19話 反乱

 反乱は、海軍において最大の犯罪だ。

 帆船の時代は有無を言わさず、帆桁から吊るされた。そうでなければ艦内で治安の維持は難しかったのだろう。


 今も海軍刑法では銃殺刑一択だ。もちろん教育や指揮官の人間性による統制などでめったに起こることではない。

 しかし、無能か人間として最悪な性格か、はたまたその両方を持つ指揮官が部下を過酷な環境に追い込んだ場合、反乱は起こる可能性はある。


「棕櫚」においても場合によってはあり得ないことではないだろう。

 フランス艦隊所属の巡洋艦が接近してきた。

 連合国司令部からの指示で、反乱を起こした兵士たちを受け取りに来たのだ。

 マルセイユに移送後、裁判にかけることとなるのか、ドイツ軍に引き渡されるのか、そこは上層部の判断になる。


「棕櫚」の艦内では双方を分離収容するには、スペースが足りなすぎた。

 拿捕した敵潜は無傷ということもあり、これも巡洋艦が曳航することになった。

 しかし曳航作業は実は簡単なことではない。ただ単純に綱で引っ張って行くというわけではない。

 しかも、曳かれる船は予備浮力の少ない潜水艦だ。ややもすれば、沈没の危険もあった。


「艦長、敵潜が沈んでいます、いえ、潜航を始めています」

 監視に当たっている水兵が叫んだ。

「馬鹿な」

 航海長と砲術長が同時に叫んだ。


 見間違いではない、スクリューが、起こす波とともに船体が海中に没していく。 

 棕櫚と敵潜をつなぐ舫索がピンと張り、艦が左舷に傾いた。

「舫切断」


 斧が振り下ろされほぼ同時に二本の舫索が切断された。張力が失われた反動で艦が左舷に傾いた。


「巡洋艦から信号」

「貴官、何ゆえ敵潜を開放するや」

 知るか、氏家はつい怒鳴り声をあげた。


「本職の判断にあらず、そう返してやれ」

 相手がどうとるか知ったことではない。しかもその返信は、向こうの指揮官まで届いたかどうかはわからない。


「魚雷発射管開閉音、発射管が開いてます」

 聴音員である椛島兵曹が叫んだ。


「全速前進」

 一応戦闘水域ということもあって、機関の圧は下げてはいなかった。それでも停止状態からは、いきなり最大戦速にまではならない。

 魚雷など信じられなかった。馬鹿なという思いがある。距離が近すぎるのだ。潜水艦も無傷ではいられない。


「魚雷、四本。巡洋艦に向かっています」

「棕櫚」が増速した。船体がきしむ。艦体が小さい分まだ加速が効く。


「魚雷命中します」

 目の前で火柱があがった。巡洋艦の船体が持ち上がり二つに折れた。瞬く間に巡洋艦は海中に没していった。


 渦が発生し「棕櫚」をも引き込もうとする。

「最大戦速」

 いかに巡洋艦が沈もうが、「棕櫚」自体を引きずり込むことはないだろう。それでも氏家は命令を下さずにはいられなかった。


「艦長、Uボートが沈みます」

 渦の中心で、艦尾を上に向け敵潜は垂直にたて、巡洋艦の後を追うようにたちまちのうちに姿を消した。


 救助のために接近を試みたフランス海軍の艦船もなすすべがなかったらしい。

「棕櫚」収容されたドイツ水兵をいくら尋問しても艦内に、人員は残っていないの一点張りであった。


 それに関しては、臨検班を指揮した首席航海士も同様の証言をしている。

 そもそも、隠れて何人かが残っていたとしても、艦を操船し、魚雷を発射することができるとは思えなかった。

 それは海軍の関係者なら容易に理解できることだ。


 結局、フランス海軍の巡洋艦は、敵潜水艦の攻撃により撃沈されたということになった。

 反乱についても、関係者が死亡している以上その詳細は不明となった。


 引き起こしたものは、助かっていても、ドイツ海軍が残る限りは軍法会議にかけられ銃殺刑になる運命だったはずだ。

 それがわかっていて反乱を起こすというのはどんな心情なのか。

 少なくとも自艦においてそのようなことは起きてほしくはなかったし、おこさせてはならない、氏家は指揮官としてそのことを強く思った。



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