第20話 海峡

 連合国が西部戦線での戦いを有利に運ぶには、アフリカ植民地側からの兵力増強が必要だった。そのために、氏家たちは輸送船護衛に従事している。

 しかし、逆にいえば、兵員輸送を妨げることが、同盟国側の勝利にもつながるということであり、Uボートは過酷な任務に耐えている。


 帝国海軍をはじめ各国駆逐艦の奮闘により、かなりの数のUボートが撃沈されてはいる。しかしすべてのUボートを撃沈しているわけではない。さらにドイツ海軍の保有するUボートはまだ相当数残されている。その気になればまだまだ補充することは可能なのだ。


 Uボートは、バルト海の沿岸に存在する造船所にて建造されている。

 つまり、地中海において連合国の艦船に損害を与えているものも、そこから回航してきたものなのだ。

 当たり前ながら、わざわざアフリカの沖を回り、イギリスが支配するスエズ運河を抜けて地中海にくるものはいない。


 それ以前に運河を潜水艦が発見されずに抜けることはできない。

 平均水深は二十二メートルである。しかも通過するには、潜水艦の水中速度で十時間以上かかるのだ。艦長が正気であれば挑戦すらしないだろう。


 そうなると地中海で暴れるためには必ずジブラルタル海峡を抜けることになる。

 スペインが中立国とはいえ、やはり海峡の通過は困難が伴う。何よりもジブラルタルの街そのものは、イギリス領なのだ。


 連合国にすれば大西洋側であれ、地中海側であれ、この海域での捕捉撃沈が潜水艦退治という点で、最も効率的ということになる。


 ただ、これまでは船団護衛で手一杯ということもあって、単に遊弋哨戒をさせるだけ艦船の余裕がなかったのだ。


「英国海軍の連中、ジブラルタルに行っているらしい」

 佐野がどこから聞いたのか士官室で騒いでいる。

「待ち伏せか、気楽な仕事だな」

「Uボート回航の情報があったらしい」


「奴ら楽な任務は自分たち、と思っているからな」

 佐野がぼやく通り、帝国海軍の稼働率は他国に比べてぐんと高い。欧米の艦船は言い方は悪いが怠けている。そう思っている士官は多い。


「でもどうなんでしょう、一度沈められたら、情報漏れているって思うんじゃないですか」

「どうだろう、潜水艦なんてどこにいるか、敵さんの司令部も知らんだろう。ましてや、どこで沈んだかも」

「定時連絡がなかったら沈んだってことか」

「それも切ないな、俺はドンガメはいやだな」

「砲術長みたいな賑やかな奴は、向こうからお断りだとさ」

 機関長のいれた茶々に笑いが起こった。

 しかし、話はそんなに簡単でも、気楽でもなかった。



「艦長、僚艦のスクリュー音です」

 スペイン、タリファの東方二十マイルの地点だ。

「きたか、敵駆逐艦の位置は」

「ひとひとご、距離約四千です」

 潜望鏡をのぞいている航海長が答える。


 しかし、やつらはバカかとギュンターは皮肉な笑いを浮かべた。毎度よく罠にかかってくれる。

「駆逐艦動きました」

「航海長かわってくれ」








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