第24話 彼らの物語 1


 リアムとルネが洞窟に入って行く。

 ふたりを見送るしかできなかったオレは、情けなくて悔しい。


「バル様」


 ルナール侯爵家の精鋭の騎士がオレを見た。

 しっかりしろと、目だけで語る。

 彼らは、リアムとオレの指導者でもあった。


「修道院へひとり、テオ先生を呼びに行ってくれ」


 騎士の中でも俊足の者が修道院に向かって走りだす。

 オレはライネケ様に頭を下げた。


「もう一つの出入り口のありかを教えてください」


 すると、ライネケ様は目を眇めた。


「良いだろう」

「じゃあ、テオ先生と合流したら出発だ」


 オレが言うと、ライネケ様はニヤリと笑う。


 しばらくすると、テオ先生とギヨタン先生がやってきた。

 急いでやってきたのだろう。汗まみれですでに息を切らしている。


「ルネ様は!?」


 いつも視線を合わさないテオ先生だが、今は真っ直ぐとオレを見て尋ねた。


「この洞窟の中なんだ。ここは封印されていて、ルナール家の人しか入れない。別の入り口があるらしいから、テオ先生にその入り口周辺を開けてほしいってリアムが言ってた」


 オレが説明すると、ギヨタン先生は錯乱する。


「あああ、ルネ様がそんな危険な場所に入るだなんて……早く迎えに行かなくては!」


 ギヨタン先生は、そう言うと小瓶の液体をグビリと飲んだ。


「それは?」

「特製の回復薬です」

「特製の回復薬?」

「ちょっと無理して頑張れる薬です」


 ギヨタン先生は、視線を反らして曖昧に笑う。

 同じ薬をテオ先生も飲む。


「早く先へ急ぎましょう!」


 テオ先生の声に、ライネケ様は満足げに頷いた。


「では行くか」 


 オレたちは、ライネケ様の案内についていくことにした。

 ライネケ様は、ヒョイヒョイと身軽に岩場を登っていく。

 キツネの精霊だからなのだろう。

 森の中は、ライネケ様の独壇場だ。


 オレはもちろん、鍛え上げられた騎士達すら、息を切らしながらやっとの事でついていく。


「ライネケ様は、ルネ以外には容赦がないな」

「そうか?」


 オレがボソリと呟くと、ライネケ様はニヤリと笑った。


 ライネケ様はときたま怖い。

 今回のことだってそうだ。

 ルネのことを猫かわいがりしているくせに、意外なところで突き放す。

 

「なぁ、リアムとルネは無事なんだよな?」


 急に不安に襲われオレが尋ねると、ライネケ様は真面目な顔してオレを見た。


「それはわからない。リアム次第と言うところだ」

「っ! なんだよ、それ! そんなに危ないなら、なんでルネまで行かせたんだ!」

「試練が超えられないのなら、その程度の者だ。我が輩と契約し続ける度量がなかっただけのこと」


 シレッと答えるライネケ様にゾッとする。


「ひどい……」

「そんな顔をするな。我が輩は信じているのだよ。ルネならリアムを無事につれて帰ってくると」


 ライネケ様は笑った。


「ところで、無駄話をしいる余裕はあるのか?」


 ライネケ様に意地悪に笑われ、ハッとする。

 他の騎士達も、顔を青ざめさせた。

 緊張感がグッと増す。


「早く案内しろよ!! 早く行かなきゃ! なんとしても助けなきゃ!!」


 それからオレたちは脇目も振らずにライネケ様についていった。


「ここだ」


 ライネケ様が立ち止まった先には、不自然に丸い草原があった。

 背の高い木はない。

 そして、不思議なことに、動物も虫さえもいない。きっと見えている草原は偽物なのだろう。

 

「緑なのに死んでる……」


 オレが思わず呟くと、ライネケ様は微笑んだ。そして自分の銀の髪を引き抜き、フッと息を吹きかけ飛ばす。


 すると、その髪は、円の延長線上の空間でパチンと光って消えた。


「バリアですね」


 テオ先生は呟きながら、鞄の中からY字の棒を取り出した。Y字型になったハシバミの枝を手のひらを上にして力を抜いて掴み、肘を締めて鳩尾の高さで維持し、掴んでいない部分の枝の動きを見るというものだったが、


「これからダウジングをおこないます」

「ダウジング?」


 オレが問うと、テオ先生は頷いた。


「ハシバミの枝を使って、危険なものが埋まっていないかたしかめるんです」


 そういうと、脇を締めて、Y字の枝の二股に待った部分をそれぞれ左右の手で持ち。みぞおちの高さで維持する。


 すると、掴んでいないほうの端が上下に動き、ハシバミの枝が金色の輝いた。


「光の魔法陣!? ……まだ現存していたなんて」


 テオ先生は震える声で言い、唇を噛んだ。


「さすがにちょっと、光の魔法で作られた魔法陣は崩せないですよねぇ……」


 ギヨタン先生も難しい顔をしている。


「光の魔法陣を無効化できるのは、同じ光か、あの魔法だけです」


 テオ先生は、闇の魔法の禁忌を守っている。


「……魔法陣に触れないように、その周囲を壊していきましょう。物理的に周囲を壊してみるしか方法が思いつきません」


 テオ先生が言うと、騎士団もギヨタン先生も頷いた。


「……光の魔法が使えたら良いのに」


 オレはボソリと呟く。

 ライネケ様はそれを聞き、眉を上げた。


 テオ先生はダウジングをしながら、破壊する箇所を指示していく。

 そして、土魔法で亀裂をいれる。

 騎士たちでも、魔法が使える者は、魔法で協力し、魔法が使えない者は穴を掘っていく。


 オレもテオ先生のいれた亀裂に、剣を差し込み掘り起こしていく。

 しかし、まったくらちがあかない。


 ギヨタン先生は、またも回復薬を飲んだ。

 そして、大きく深呼吸をついてから、もう一種類の薬を飲んだ。


「僕にもください」


 テオ先生が言い、ギヨタン先生は肩をすくめてから、薬を手渡した。


「私がこの薬を持ってるなんて、どこで嗅ぎつけてきたんだか……。いいですか? これは生命力を前借りして魔力を増幅するものです。これを使ったら、自然回復するまでは絶対に魔法を使ってはいけません」

「わかっています。でも、ギヨタン先生だって飲んだじゃないですか」


 テオ先生が笑い、ギヨタン先生も笑う。


「それって、なんだよ」


 オレが尋ねると、テオ先生は気まずそうに視線を落とした。

 ギヨタン先生は真っ直ぐな目でオレを見る。


「禁制の魔力増幅剤です。使ったことが王家に知られたら、どんな罪に問われるかわかりません」

「っ」

「っていうか、作っていたことがバレたら私は死刑でしょうね。修道院やルナール侯爵家にもお咎めがあるかも」


 ギヨタン先生はアハハと笑うが、目は笑っていなかった。

 周囲の騎士達はバッと目を逸らし、聞かなかったふりを決め込む。


「さぁ、急ぎましょう」


 ヒリヒリとする空気。

 テオ先生とギヨタン先生は、あらん限りの魔力を使って、魔法陣の脇を切り崩していく。


 しかし、オレには魔力もない。力もない。一生懸命掘ってはいるが、ぜんぜん力になれている気はしなかった。


「……魔力があれば。オレも精霊と契約できれば……」


 がむしゃらに剣を突き刺す。

 ガチンと剣が岩に当たり、火花が散った。

 

「どうやら、大きな岩が魔法陣を支えているようです。この岩を切り崩さなければ、出口が開きそうもありません」


 テオ先生はそう言うと膝をつき、岩に向かって手をついた。

 大きく息を吸い、魔力込める。


「土の精霊グノームよ、我に力を。この岩を粉砕し、魔法陣を無効化せよ」


 すると、緑色のモヤが岩を包み込み、ギュッと締め付けるように濃縮する。

 キリキリと締め上げるほどに、テオ先生は苦しそうな顔をする。

 ハァハァと息を吐き、限界まで魔力を放流する。


 フツリ、魔力が消えたのか、緑のモヤが霧散する。


「ああ……」


 どこからともなくため息が漏れる。

 岩には小さなヒビが入っただけだった。

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