第6話 ダーキニー様あらわる
こうやって、私はルナール侯爵家の養女となった。そして、お母様とリアムお兄様にべったべったに甘やかされている。
お兄様は、私のために特注のワンピースを注文してくれた。尻尾が生えていてもめくれ上がらない特製のスカートである。
私が「貴族風のドレスが苦手」と言ったため、町娘風の短いスカートのワンピースだ。
しかし、デザインは豪華でとても可愛らしい。
侯爵様は、そんな私たちを冷ややかな目で眺めている。これは前世と変わりない。
いつかは、侯爵様とも仲良くなれたら嬉しいな。
私はそんな野望を抱いた。
リアムは無表情で感情がわかりにくいだけで、私を嫌っているわけではないとわかった。
おっちょこちょいな私が粗相をするたびに、フォローしてくれるからありがたい。
口ベタなリアムにかわって、私は気持ちをきちんと伝えようと、日々勤めている。
そんな幸せな日々を暮らしつつ、私はやり直しができるなら、最優先でしたいことがあった。
それは、侯爵夫人の病気を治すことである。
侯爵夫人は、三年前に娘を亡くしたことをきっかけに心身の不調を抱えていた。
そして、私が養女になってから二年後には、不治の病で亡くなってしまうのだ。しかし、今は不治の病だが、侯爵夫人が亡くなって十年後に、治療薬が発明される。
それまでは、なんとか生きのびてほしい!
私はそう思い、悪化させないために尽力することに決めた。
侯爵夫人の病気は、拘回虫症(こうかいちゅうしょう)というものだ。拘回虫という寄生モンスターが、心が弱った人に宿ることで発症する。拘回虫は、夜活動し、心を弱らせる悪夢を見せて不眠にするのだ。
寝不足から、昼間の活動ができなくなり、さらに夜型の生活になっていくという悪循環を生む。
日照不足と運動不足から、気力と体力、食欲が減退し最終的には衰弱死してしまうのだ。
伯爵夫人の最後は、悲しいものだった。最後の一年は部屋から出ることもなく、実の娘と私の区別もつかなくなった。
そんな哀れな夫人の姿に、侯爵もリアムもいたたまれなくなったのだろう。夫人の介護を私に任せ、部屋を訪れる回数が減っていった。
そして、侯爵夫人は私をルルと呼びながら死んでいったのだ。
そのときの様子を思い出し、私は落ち込む。しかし、暗くなってばかりはいられない。
ブンブンと頭を振って気持ちを切り替える。
ようするに、むりやり日中に運動させて、夜グッスリ眠れるようにすれば良いのよ。
治すことは無理でも、病気の進行を遅らせることはできるはず。
十年後には薬ができるんだもの! 頑張ろう!
私はそう思い、夜はお母様と一緒に眠り、昼は外へと連れ出して、体力作りに励んでいるのだ。
本当は、自分で薬が作れれば良いんだけど。薬を作るには、水の魔力と高度な技術、専門知識が必要なのよね。普通の薬を作ることは難しいんだもの。ライネケ様に聞いただけでは、さすがに無理。
ライネケ様に薬の作り方は聞いてみた。しかし、あまりに難しく自分では作れそうもなかった。
それに、私は水の魔法を使えないもの。一般的に、精霊の契約はひとりだけって聞いてるし。ライネケ様と契約している私は、今後、水魔法は使えないってことよね。
命に関わることなので、水魔法が使える製薬の専門家を探そうと考えているところだ。
でも、センチメンの花のから薬が作られたって聞いてるわ。せめて、お花だけでも近くに置いてみよう。
同じ効果が出るとは思わないけど、少しでも効果があったら良いな。
センチメンの花は、ルナールにしか咲かない地味な花だ。今はまだ雑草だと思われている。
しかし、その蕾から取り出された成分が拘回虫症の薬になったのだ。それを知っていた私は、お母様の枕元に毎日センチメンの蕾を届けるようにした。
今日は、お母様とリアムと一緒に、屋敷の庭でピクニックをしている。
お母様は体力がなく、あまり遠くまで行けないのだ。
「母上は最近、よく眠れるのだとか」
リアムが尋ねる。
お母様は、柔らかく微笑んだ。
「ええ、ルネが大きなベッドでは淋しいというから、私と一緒に寝ているのよ。ルネが同じベッドにいてくれると、安心して眠れるの」
そう言って、お母様は私の頭をナデナデと撫でた。
たぶん、センチメンの効果が出ているのだ。
「悲しい夢から目が覚めても、ルネの温かい尻尾が私のお腹に乗っていているとね、ホッとするわ。今までは辛くて苦しいだけだった夢が、ルルとの大切な思い出だって気がついたの」
私はその言葉を聞いて、少し安心した。
悪夢で目覚めても、その後眠れるなら、前世ほど体力を消耗しないだろうとおもったからだ。
「私、ずっとひとりで寝てたから、お母様と眠れるの嬉しい!」
本心からそう言うと、お母様は私のキツネ耳を愛おしそうに撫でる。
リアムは無言でその様子を眺めている。
お母様は、それに気がつくとニッコリと微笑んだ。
「リアムもたまには一緒に寝ましょうか?」
「母上! 私をいくつだと思っているんです? もう十三歳です」
「あら、まだ十三歳よ?」
珍しく顔を赤らめるリアムを見て、お母様はコロコロと笑った。
「母上はひどい。私をからかっていらっしゃる」
少し拗ねたようにリアムが言い、私はその様子をほのぼのと眺めていた。
前世のリアムは、妹と私の区別がつかなくなった母を避けている様子があったからだ。
「きっと、体を動かせば悪夢も見なくなると思います! 乗馬とかどうですか?」
私が提案すると、お母様は困ったように眉根を寄せる。
「でも、私、運動は苦手なのよ」
「……そうなんですね。運動が苦手な人でもできることがあれば良いのに……」
私が呟くと、精霊ライネケ様が現れた。
半透明な姿だ。私以外には見えないのだろう。
<あるぞ>
「へ?」
私が驚くと、リアムとお母様が私を見た。
「どうしたの? ルネ」
リアムが尋ねる。
「精霊ライネケ様の声が聞こえて……」
私が答えると、ふたりは顔を見合わせて静かになった。
ライネケ様の声を聞くようにと言うことらしい。
<我が同胞、神狐ダーキニーより、ヨガを授ける>
「え? ダーキニー様? ヨガ??」
私がキョトンとしていると、ライネケ様と同じく半透明をした美女が私の前に現れた。
グラマラスな体は褐色で、黒い巻髪は腰まで長い。この世界では見たこともないあられもない姿だ。上半身は下着しか付けていないように見える。
とても妖艶だ。
見惚れて目が合った瞬間、ダーキニー様が微笑んだ。
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