第13話 この人変態だわ


 私は今日、リアムと一緒に修道院へ向かっている。

 修道院には王妃と繋がる者がいるかもしれないため、バルはおるすばんだ。

 

 ルナール侯爵は、バルのもとの髪色を知っていた。そのため、髪の色がかわっていたことを不審に思った侯爵が、理由を尋ねたらしい。


 バルは、「ルネに染めてもらった」と素直に話したそうだ。

 しかし、髪染めの技術はこの国にはまだない技術だっため、侯爵は安全性を侯爵家の医師に尋ねたのだ。


 侯爵家の医師トルソーは、白いヒゲを携えた優しいおじいちゃん先生である。

 王都でも有名な医師だったが、今は年老いていて、ルナール領で隠居生活を楽しみつつ、侯爵家の主治医をしている。

 そのため、最新の医療には、知見が乏しいと感じているようだった。


 トルソーは、修道院へ赴き、王都から山流しされてきた医師に相談した。


 しかし、王都出身の最先端の知識を持った医師でも知らなかった技術だと判明したのだ。検証したところ、髪染めは安全性が確認された。

 その結果、王都出身の医師に興味を持たれ、私は修道院へ呼ばれることになったのだ。


 大事になってしまった……。


 私は、冷や汗をかきつつ、修道院への道を馬車で揺られている。

 トルソーは、先に修道院へ行き、私たちを待っているらしい。

 

 リアムは当然のように私に寄り添い、尻尾を撫でている。


「ふぁぃ……、お兄様……きもち、いい……」


 リアムに尻尾を撫でられると、気持ちよくリラックスできる。

 不安や緊張で重くなっていた気持ちが、軽くなる。


「あまり緊張しなくて良いよ。ルネ」

「でも、失礼なことがあったら心配です」

「ルナール修道院は、我が侯爵家の寄付で成り立っている。心配はいらないよ」


 リアムは微笑み説明する。


「はわぁぁ……、きもちいい」


 リアムに撫でられながら、私は考える。


 でも、罪人を収容する目的なら、本来は王国がお金をだすべきじゃない?


 私は思う。生まれ変わってから、ルナール領の状況を客観的に見るようになって、私はガーランド王家に不信感を抱くようになった。

 ルナール侯爵家は、「忠臣・名家」という肩書きを引き換えに、重い負担を強いられているのだ。

 その上、中央政界からは距離を置かれている。ルナール家は、古くからの約束で、王家に嫁ぐことがないため、外戚にもならないからだ。

 

 もしかして、ガーランド王家はルナール侯爵家を警戒してたのかな?


 そう思わずにいられない。


 本来なら、昔からの約束で私は王太子妃になるはずななかった。それなのに、王太子が払いきれなくなった税を持ち出して、約束を帳消しにした。


 ルナール領は、貧しい領地でありながら、王都と同じ税率を課せられていたのだ。

 ここ数年、モンスターによる災害が続いていたルナール領では、税を納めきれなくなっていたのだ。


 まずは、税金が納められる基盤を作らなくっちゃね。


 私が考えていると、馬車は修道院前に着いた。


 古くて大きな修道院である。

 ツタが絡まるレンガの壁。高い塔には鉄の柵が嵌められた窓が見える。罪の重い罪人は塔へ監禁されるようだ。

 

 ルナール修道院は、罪人が暮らすといっても安全だ。

 そもそも罪人と言っても、凶悪犯はいない。政争に巻き込まれた貴族や、知識人が主だからだ。

 刑期を終えれば王都へ戻り、時流がかわれば政治の中央に返り咲くこともある。

 そんな彼らは、労役といってもそれらしい仕事はない。

 聖典をはじめとする書籍を写すぐらいで、贅沢はできないが生活には困らない日々を過ごしている。


 良いわよね、私たち平民にしてみれば、働かないで衣食住が約束されるなんて、羨ましい限りだもん。修道院に不満もたまるわ。


 私たち平民であれば、軽い罪でもキツイお仕置きがある。

 それなのに、修道院にいる貴族たちは、罪人なのに悠々自適に見えた。


 でも、貴族たちはルナール修道院に送られることを恐れていたっけ。そして、山流しにあい、王国に不満を感じていた貴族たちは、革命派に協力した。

 しかも、修道院への恨みは、そのままルナール侯爵家へ向けられ、正式な裁判も受けられず、ルナール侯爵家は断罪されてしまった……。


 過去を思い出しつつ、修道院を眺めていると修道院長が案内にやってきた。


 修道院長は、赤い髪の中年男だった。ここにくる前は、聖騎士だったそうで、年老いても筋骨隆々として強そうだった。

 きっと、罪人を管轄するために武闘派の修道院長が派遣されるのだろう。

 

 修道院長は私を一睨みし、デレリと相好を崩した。


「……き、キツネの耳……愛らしい」


 小さく呟くバリトンボイスを、私の耳が拾った。


 どうやらこの人もモフモフ好きらしい。


 私は、ニコリと笑ってみせる。

 修道院長は、つられてニコリと微笑み返した。

 リアムが咳払いをすると、修道院長は気まずそうに笑った。


「では、ご案内いたします」


 そう言って通された部屋では、眼鏡をかけた青年が、侯爵家の主治医トルソーと話をしていた。


 青年は、高い身長に薄っぺらい体をしていて、頼りなさそうだ。緑の髪をポニーテールにしていた。

 シンプルだが上質な服装に、鉄の足輪。この男が王都から流されてきた医師なのだろう。


 男は私を見ると、パァァァっと笑顔になった。

 そして、飛び上がるように駆け寄ってくる。


「はぁぁぁん! ケモ耳女子!? 実在、してるんですね! 触りたいぃぃぃ!!」


 私は驚いてリアムの背中に隠れた。尻尾は足のあいだにクルンと丸まり、耳はへニャンと垂れてしまう。

 リアムは、バッと剣を抜く。


「無礼な! 何者だ」


 リアムが剣を抜く。


「ギヨタン先生、おやめください!」


 トルソーが、青年を咄嗟に掴む。

 ギヨタン先生と呼ばれた青年は、リアムに剣を向けられ、よろめき、尻餅をついた。

 そして、両手を上げて降伏の意を示す。


「もう、申し訳ございません。あまりに珍しくてつい……」


 そう答えるギヨタンの顔は紅潮し、ハァハァと息も乱れている。剣を向けられているのに、その視線は私をジッと見据えている。


 修道院長はあきれ顔で、ギヨタン医師を押さえ込む。


 この人……変態だわ……。


 あまりの気持ち悪さに、私はリアムのジャケットをギュッと掴んで、プルプルと震えるしかない。


 トルソーが私たちを紹介する。


「この方は、ルナール侯爵家ご子息リアム様と、養女のルネ様です。そして、ヘンナの新しい使い方を教えてくださったのも、このルネ様です。精霊ライネケ様の声を聞き、伝えることのできるお方です。失礼のないように」


 修道院長は、ギヨタン医師を立ち上がらせた。

 ギヨタンは促されるように、自己紹介をする。


「私はギヨタンと申します。王都でしがない医師をやっていました。専門は製薬で、趣味で最新医療を研究しています」


 私は、ギヨタンの名前を聞き、ブワリと尻尾が膨らんだ。


 この人、私たちを殺した断頭台の発案者だわ!!

 しかも、拘回虫症の薬を発明した医師!


 恐怖心と、期待がない交ぜになって、ガクガクと足が震えた。

 

 リアムは剣をしまうと私を抱き上げた。


「大丈夫だ。私がいる。ルネを傷付けるものは許さない」


 そう、耳元にそっと囁く。


 今度は喜びで、さらにブワワと尻尾が膨らんで、耳がピョンとたってしまう。


「お兄様……大好き……!」


 リアムにギュッと抱きいた。


「私も好きだよ」


 見つめ合い、微笑みあう。リアムの微笑みを見ると、心がホンワリと温かくなり、安心するのだ。



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