第14話 拘回虫症の薬


「そろそろ、ふたりきりの世界から帰ってきてもらってもよろしいでしょうか」


 トルソーがコホンと咳払いをして、私たちを見た。

 彼は、侯爵家の中での私たちを見慣れているので驚きはしないが、修道院長とギヨタンは、顔を赤らめ凝視していた。


 お兄様の笑顔、素敵だものね~。レアな姿を見られて良かったわね。


 なんだか私が嬉しくなる。素敵なリアムをたくさんの人に知ってほしい。

 フンフンとご機嫌で尻尾を振ると、ギヨタンは瞳をハートにしてハワワと喜んだ。


「しかし、ケモ耳美少女でありながら、薬の新しい使い方まで考えられるとは……最高すぎるのでは!?」


 ギヨタンが興奮すると、リアムが睨む。


「ルネが怖がるようなら、話はできない」


 リアムの厳しい声に、ギヨタンはシャキッと背を伸ばした。


「今後失礼のないようにいたします!」


 そう答える。しかし、口元はデレデレとにやけている。


「ルネ……大丈夫か?」


 リアムが心配そうに尋ねる。


「大丈夫です」


 私は笑顔で頷いた。


 だって、早く拘回虫症の薬を発明してもらわなきゃいけないもの。少しの気味悪さぐらい、我慢できるわ。


「しかし、この男は気味の悪い実験をしてここへ投獄されているのです」


 修道院長はギヨタンを見た。


「いえ、それは、医学の進歩のため必要だったことです。しかし、誤解を招いてしまい……」


 トルソーが取りなすように言う。


「馬鹿には言ってもわからない」


 ギヨタン自身はそう言い放った。説明し、理解してもらうことを諦めた顔だった。


「拘回虫を取りだそうとしただけですよね」


 私が問いかけると、トルソーとギヨタンは、バッとこちらを見た。

 その目がキラキラと輝いていて、ギョッとする。


 なにそれこわい。


「さすがルネ様!」


 ギヨタンが飛びかからん勢いで近づいてきた。


「ひぃっ!」


 私が思わず悲鳴をあげると、リアムは私を抱いたままギヨタンへ背を向けた。


「そうなんです! 私は、拘回虫症の原因、拘回虫さえ取り出せれば病気が治ると仮説を立てたんです。それで、数人の死体を解剖し、虫のいる場所を突き止めました。次に、末期患者の体を開いて虫を取りだそうとしたのですが、なかなかそれが上手くいかず……。生きている体だと虫も生きていて、逃げ回るのです。しかも、肉に食い込むし。追いかけ、捕まえ、無理矢理剥がそうとしているうちに病人が死んでしまうのです」


 ギヨタンは気にせず、リアムの周りをクルクルと回りながら、解剖実験について早口で説明する。

 主人が帰ってきた大型犬のような喜び方だ。


 問題は話の内容が可愛くないことね。体に食い込んだ虫を無理矢理って。


 クルクル回るギヨタン見ながら、その説明を聞いていると気持ち悪くなる。


「うぇ……」


 無惨に切り開かれる体と、虫が食い込む肉を想像し、思わず嘔吐く。


 そんな治療方法、絶対お母様に受けさせられない!


「……そうじゃなくて、体の中で虫を殺して、薬で虫を出すことってできないんですか?」


 私はギヨタンに言った。

 この方法は、前世で彼が考案した治療方法だ。どうせ、ギヨタンが発明するなら、少しぐらいタイミングが早まっても問題はないだろう。


 私の意見を聞き、ギヨタンはピタッと止まった。


「! その発想はなかったです! でもどうやって体の中の殺したら良いのか……」

「虫が苦手な薬草はないんですか?」


 私はヒントを出す。


「そういえば、センチメンの花をお母様の部屋に飾るとよく眠れると言うんです」


 前世では、ギヨタンはセンチメンの花にたどり着くまで十年かかったのだ。


「センチメンの花……」


 ギヨタンはハッとした。


「そうか、センチメンはルナールの森に多く自生してる……。実験してみる価値が……」


 ブツブツと言いながら、ハッとして私を見た。

 私はゾッとして先に断る。


「お母様で実験はさせません!」


 そう強く言えば、ギヨタンはツッと視線を逸らし笑う。


「まさか、そんな、さすがに侯爵夫人で人体実験だなんて……ねぇ? ほら、ここでもなんにんか拘回虫症の罪人はいますから……ねぇ?」


 そう言って、修道院長を見た。

 

 修道院長はため息をつく。


「本人の同意の上なら、新しい治療を方法を試すことは問題ないでしょう。しかし、同意のない実験は許しません」


 修道院長がキッパリと言うと、ギヨタンはニコニコと微笑んだ。


「そうでしょう、そうですとも! 本人の同意ね、そうそう、同意ね。今一番苦しんでるのは誰だっけ……。とりあえず、まずは花を飾って確認してみて……エーテルエキスを作ってみるか……」


 ギヨタンは、フフフと笑いながら、この先の実験計画を考えているようだ。


 でも、これで薬の発見が早まってくれたら良いな。


 私は思わず微笑んだ。


 すると、ギヨタンとバチリと目が合った。なぜか、ギヨタンは目眩を感じたようにふらつく。


「ギヨタン先生、大丈夫ですか?」

「はぅ、先生……先生だなんて……」

 

 ギヨタンはシャツの胸元を握り絞めながら、キラキラした目で私を見た。


「ヘンナの新しい使い方を考えたというのは本当だったんですね。話を聞いたときは、眉唾だと思ってたんです。だから、本人を目で見てたしかめたいと思っていました。今お話ししてみてわかりました。ルネ様は神様なのだと……!」

「違います!」


 間髪いれず否定する。


「だから言ったでしょう? 天才だと」


 なぜか、トルソーがドヤ顔をした。


「天才でもありません! ライネケ様の声が聞こえるだけです!」


 私が否定すると、リアムがギュッと抱きしめてきた。


「さすが、ルネ。素晴らしい」

「だから……」


 否定しようとした瞬間、リアムがキツネ耳のあいだに顔を埋め、グリグリと頬ずりをした。


 あああ、だめ。これ、幸せな気持ちになっちゃうからぁ!


「……あう……、おにいさまぁ……」


 うっとりと目を細めると、リアムはヨシヨシと背中を撫でる。


 そんな私たちの姿を、二人の医師と修道院長は、微笑んで見守っていた。


「そうです、ルネ様、聞いてください! ルネ様のヘンナの使い方を聞いて、他の色が出せないか研究を始めたんです。もしかしたら、オレンジ以外の色が出るかもしれません」

「他の色も出るようになったら、王都で流行るかも! ルナールの特産になるかもしれないです!」


 私が答えると、そこにいた全員が私を見た。


「……え? あの?」

「さすがルネだ」

「本当にルネ様は慧眼をおもちで」


 リアムが呟き、トルソーが感心する。


「他の領地のようにルナールにも特産品ができれば、少しは暮らしが豊かになりますな」


 修道院長が頷く。


「拘回虫症の薬もルナールの特産品にできるよう、ルネ様のために頑張ります!」


 ギヨタンが鼻息荒く宣誓した。


 その後、ギヨタンは精力的に薬の開発にいそしんだ。

 私も修道院に通い手伝った。

 

 水魔法を使っての研究は不思議で興味深かった。

 魔法が使えないなりに手伝っていると、ギヨタンもトルソーも面白がって医療について教えてくれた。

 私はいろいろな薬の扱いや、毒について学んだ。


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