第34話 王家との密約


「王太子殿下、ルネはまだ十歳です」


 リアムはギロリとヘズルを睨む。


「子供のうちに後宮へ入れ、自分好みの女に育てることはよくあるだろう? 素材が良いんだ。さぞやいい女になるだろう。楽しみじゃないか」


 ヘズルがニヤニヤとした目で私を見た。ゾワリと鳥肌が立つ。


「……思いもしませんでしたが、たしかに前例は多い……」


 お父様が呟く。


 お父様、納得しちゃった。やっぱり私を売り渡す気なのかしら……。王太子妃じゃなければ、王家の約束は問題ないの?


 私はブルブルと震える。


「正妃も決まっていないのに、側妃なんて……」


 お母様が呆れたように呟く。


「正妃は名家のきちんとした令嬢を迎えなければならないからな」


 ヘズルはあっけらかんと笑った。


「しかし、王妃様は側妃の存在をお許しにならないでしょう」


 お母様が指摘する。嫉妬深い王妃は、側妃の存在を許さず、現在、後宮には側妃がいないからだ。


 ヘズルは思案顔になる。


「……たしかに、そうだな。なら、王太子妃なら良いのか? 王太子妃にしてやるぞ?」


 私はブンブンと頭を振った。

 ぜったい避けなければいけない未来。

 それは、王太子妃になることだ。


「いや……、絶対イヤ……」


 小さく呟く。


 リアムは私をギュッと抱きしめた。


「王太子殿下、我が国の歴史をきちんと勉強しておられますか?」


 リアムが冷たい目でヘズルを見た。


「なっ! 馬鹿にするな! 俺は歴代まれに見る天才だと王宮ではいわれているんだぞ!!」


 お父様とリアムは顔を見合わせた。


「そうですか。では、ご存知のはずです。ルナール家が王妃を出さない理由を。王家に選ばれないのではなく、我が侯爵家が辞退しているのです」


 お父様に言われ、王太子はヘラリと笑った。


「だったら、変えれば良いではないか」


 そう、このセリフも前世と同じだ。そうして実際、ヘズルは約束を破棄したのだ。


「どうせ、光だ闇の関係だろう? 光と闇が混じると、光りの力が弱まるとか? その話自体おとぎ話のようなものではないか。もう、それらの精霊と契約している者もいない」


「殿下、その話は禁忌です」


 お父様がヘズルを窘める。


「いいじゃないか、ここにいるのは禁忌の秘密を知っている俺たちだけだ」


 軽率な言い草に、リアムはため息をついた。


 理由を聞き、私は驚いた。

 前世の私は、ルナール家が闇の精霊と関係があるとは知らなかった。もちろん、ルナール家が王家と結婚しない理由も知らなかった。ただ、約束とだけ聞いていたのだ。

 養女には話せないほどの密約だったはずだ。


 リアムは闇の精霊と契約を結んだが、そのことは侯爵にも報告していなかった。

 なぜなら、闇の精霊との契約が公になれば、王家が洞窟にほどこした封印が解かれたことも公になる。


 王家との約束をルナールが破ったことになり、裏切りを疑われるかもしれないからだ。


 お兄様、表情ひとつ変えないなんてすごいわ……。


 私は感心する。


「どうせ、今後も出ないだろう。それに、その娘にはルナールの血は入っていない」


 お父様は無表情だ。


 そう、私はルナール家の血筋ではない。理論上、王太子の子供を産んでも、光と闇が交わることはない。問題ないのだ。


「しかしーー」


 リアムは反論しようとして、言葉を探しあぐねている。

 お父様は黙ったまままだ。


「わかった、わかった。それでも足りないなら、ルナール領地の税を減らしてやる。貧しくて困っているのだろう? 血の繋がらない娘をひとり差し出せば、領民全員が助かるんだぞ? 領主なら同ずべきかわかるだろ」


 前世とまったく同じ交渉に、私はゾワゾワとした。

 お腹の下がキュウと締め付けられるようにいたくなる。

 目の前が暗くなった。


 もうダメだ。前世では、この交渉でお父様は首を縦に振ったのだ。


 たしかに数年前まででのルナール領は破産寸前だった。

 しかし、今は立て直しつつあるのだ。ただ、立て直しの途中でもあり、今、ルナールが豊かになりつつあることが王宮に知られたら、税率が上がる可能性もあった。 


 王太子が現状を把握できてないことは喜ばしいことだけど……。


 いくら豊かになったとは言え、王家に逆らってまで、孤児だった私を守る義理はない。


 私はリアムを見た。


 覚えているだろうか。闇の精霊王の前で約束したことを。

 お嫁にやらないで、そう懇願した私のことを。


「ルネは嫁にやりません。そう約束しました」


 リアムがキッパリと答えた。


 私は、リアムが覚えていてくれたことで、安心して嬉しくなる。ヘニャリと口元が緩んだ。


 ヘズルが鼻で笑う。


「リアムはシスコンなんだな。妹なんて、いずれは誰かのもとへ嫁ぐもんだぞ」


 すると、リアムが答える。


「いずれにせよ、ルネが嫌がる所に嫁がせたりはしません」

「ルネが嫌でなければ良いんだな?」


 なぜか自信満々なヘズルに、私はゾッとする。


「どうだ、ルネ。俺のところへこないか?」

「嫌です」


 

「だが、断ると後悔するぞ? 王都には珍しい物も美味しいものもある」

「嫌です」

「今着ているドレスより、もっと美しいドレスを仕立ててやる。ジュエリーもだ。お前の瞳のような紫ダイアモンドも取り寄せよう」

「嫌です」


 そうやって私に貢ぎ、前世では国民からひんしゅくを買ったのだ。

 

 同じ間違いは犯さない! 絶対に王太子妃にはなりたくない!


「城もひとつ作ってやろう。俺たちの愛の巣だ」


 私は即答した。


「絶対に嫌です。私はどこにも行きたくありません!」


 するとヘズルはうっとりと目を細める。


「そう、それだ。はっきり俺に否と言う。そんな女はお前しかいない」


 うっ、キモい。


 私は怖くてリアムに尻尾を絡ませた。

 リアムもあきれ顔だ。

 そして、私の視線に気がつくと、席を立った。


「ルネ、そろそろ、部屋に戻ろうか」

「お兄様、大好き!」


 リアムは私を抱き上げ、席から立ち、チラリとヘズルに視線を送った。

 ムッとするヘズルに、リアムは優雅に微笑んでみせる。


「では、失礼。ごゆっくり」


 リアムはそう言うと、私を抱いて出て行った。



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