第36話 子ぎつね令嬢、罠にかかる


 王太子を送り出して、一ヶ月。


 私は、ライネケ様の神殿に行く途中で罠にかかっていた。


 大きな網にかかり、木の上に引き上げられている。

 銀の尻尾は網のあいだからはみ出て、しおしおと萎れている。


「……どういう状況?」


 私は目を白黒させた。


 ライネケ様の神殿に向かう森は、神域で殺生は禁じられている。

 もちろん猟も禁止だ。


「それに、これ、普通の動物を捕る罠じゃないよね?」


 明らかに、大きな動物を捕るサイズだが、網自体はそれほど強くはできていなさそうだ。

 そもそも、ライネケ様の森には大きな動物はいない。


 太くてふわふわした紐で編まれた大きな網は、編み目も大きい。

 それなのに、私の触れている場所には花びらが敷き詰められていいるのに、網から零れない。

 とても目立つものなのに、私は網に気がつかなかった。

 しかも、ぶら下げられている状態なのに、ユラユラ揺れて心地よい。

 もちろん、傷ひとつついていない。


 きっと、怪我させないために、特殊な魔法がかけられているのだ。


 うーん。害意はないのかな? いや、あるわよね? 網で捕まえるとかって普通じゃないし……。


 そう思いながら、私はあくびをひとつついた。


 でも、これ。ハンモックみたいで気持ちいい~。

 

 私が網とともに揺られていると、半透明のライネケ様が現れて笑った。


「余裕だな?」

「いえ、笑い事ではないですよ」


 私が唇を尖らすと、下に罠を仕掛けた賊らしき人々がやってきた。


 しかし、途中で結ばれた草にかかって見事に転ぶ。


「なんだ。草が結んである」

「罠か!」

「罠があるぞ気を付けろ!」


 慌てる賊を見てライネケ様は楽しげに笑った。


「この状況、どういうことです?」


 そもそも、私はルナール領で有名な存在だ。

 キツネ耳を持った人間など、そうそういない。その上、ルナール領の守り神ライネケ様の使いだとみんな知っている。

 そんな私を襲おうとする人はいなかった。


 どんな暴漢だって、私を襲えば罰が当たるってくらいわかってるのに。


「ルネが人間に捕まったと言うことだな」

「なんで助けてくれないんですか?」


 私が不満げに言うと、ライネケ様は笑って、その先を指差した。


「あれを待っているのだ」


 指の先に、リアムを先頭に侯爵家の騎士達が見えた。


「ヤバイ! 騎士が来た!」

「早く下ろしてずらかれ!!」


 賊達は立ち上がり、私をつるした網に近寄ろうとする。

 しかし、足もとの草にかかり、鳥が髪を引っ張り、リスは噛みつきと、地味な攻撃で先へ進めない。


「っ!」

「なんだこれ!」


 ワタワタとしているうちに、騎士達が追いついた。

 

「捕らえよ!」


 リアムが命じると、ルナール侯爵家の騎士達が、賊を囲い込む。

 リアムは網をつり上げているロープを解き、落ちてきた私を抱き留めた。

 

 網から花びらが舞い散る。

 その中で、両手を広げるリアムは、物語の王子様のように美しい。


「お兄様ぁ!!」

「ルネ、無事か!?」

「はい!」

 

 お兄様の腕に安心して、ギュッと抱きついた。


「やっときたか」


 ライネケ様が言う。


「お兄様を待っていたんですか?」


 私が尋ねると、ライネケ様は笑った。


「ああ、我が輩が直々にバチを与えても良かったのだがな、それでは黒幕がわからないだろう? 侯爵家に拘束させて、根元を折らねばな」


 ライネケ様は笑うが、リアムはそれを聞き、睨んだ。


「ルネを餌にしたんですか? ライネケ様の森に罠を張っていることくらい気がついていたでしょう」

「お前の格好良い登場シーンをお膳立てしてやっただけだ。我が輩がルネを本当に危険な目に遭わせるはずがないだろう?」


 ライネケ様は飄々と答えた。

 私はジト目でライネケ様を睨んだ。


 ドラゴンの洞窟のでは、かなり危険な目に遭っている。


「精霊と人間では、危険度が違うと思うんですけど」

「そうか?」


 ライネケ様は悪びれることなく笑った。


 リアムは疲れたようにため息をつき、私を抱き上げると、屋敷へと向かう。


 賊達は、騎士達に連行されていった。


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