第37話 家族会議開催中


 しばらくして、お父様の部屋に呼ばれた。

 お母様とリアムもいる。

 家族会議が始まるのだ。


 賊達は、侯爵自ら取り調べをしたらしい。

 どんな拷問があったのか、賊達は依頼主を吐いた。


「王太子の側近の側近からの依頼だそうだ」


 お父様が言った。


 私は飲んでいたお茶を思わず噴きだしそうになる。


「……え?」

「あれから、『ルネがいなければ食事はしない』とストライキを起こしたそうだ」

「……飢え死んでしまえばいい……」


 リアムがボソリと呟く。

 

 不敬よ、お兄様!


「残念だが、おやつは食べているらしい」

「……」


 私はこめかみをぐりぐりと押す。


 そう言えば思い出した。ヘズル殿下は前世でも同じ手を使ったんだった……。やり方は変らないのね……。


 前世のヘズルは良い年だったが、ひきこもり、公務をストライキし、私との結婚を強請ったのだ。

 

「困り果てた側近が、王太子にどうすれば良いか尋ねたそうだ。そうしたら、『囚われているルネを攫ってこい』と命じたのだと」


 私は言葉を失った。

 王太子は王都に帰っていこう、三日にあげず巻物のような私信を送ってくる。

 しかし、私は返事をしていない。

 ただ、周囲から許しが得られないのだと、手紙には書いてあり安心していたのだ。

 王都とルナールは距離がある。

 また、相手は王太子という身分でもある。

 そう簡単に、会いに来たりはできないからだ。


「ルネを王宮に、という依頼も来ていたがすべて断っていた。事情は国王陛下に話し、了承を得ている。ルナール家であること、年が若すぎること、また出自の問題もあり、王妃殿下も反対の様子だ」


 私はホッと安心した。


「ありがとうございます」


「しかし、それが裏目に出たようだ。思いが叶わないと知ったため、直接攫ってしまおうと暴挙に出たらしい」

「……クズだな」


 リアムがボソッと吐き捨てる。


「そこで、王宮の騎士をクビになった者たちに声をかけ、成果を上げれば王太子直下の騎士にしてやるという条件で、依頼をしたらしい。傷付けてはならぬと、細心の注意を払えと、命じられたと言っている」


 私は頭を抱えた。


「だからあんな網だったのね。それにしても……どうかしているわ」

「まったくだ」


 たしかに、私はルナール家の血筋ではない。平民の元孤児だ。だとしても、今はルナールの名を名乗っている。

 そんな娘を、いくら安全に配慮したとは言っても、罠で捕らえるとは正気とは思えない。


「ルナールを馬鹿にしている……」


 お父様が低い声で呟いた。

 紫色の瞳は不穏に輝き、唇の端だけあげるその顔は悪役そのものである。


 ゾッとしてリアムを見れば、リアムも同じ表情をしていた。


 さすが、親子ね。よく似ている。


「そこで、ルナールとして正式に抗議文を送ろうと思っている」


 お父様が言った。

 リアムは当然だというように深く頷いた。


「証拠も残っている。あの網は王宮魔法師の作った物だろう。捕らえた賊の生首を添えれば完璧だ」


 お父様が言い、私はヒッと声をあげる。キツネ耳も尻尾もペシャンコだ。

 お兄様は、そんな私のキツネ耳を撫でた。


「ルネは心配いらないよ」


 心配大ありである。


「今後ルネに危害を加えるようであれば、ルナールは洞窟の封印を解き、王の密命を受けないとする」


 お父様が言い、私は震え上がった。


「それって脅迫!? そんなことをしたら、全面戦争になっちゃいます!!」

「大丈夫だ、闇の精霊と契約すれば問題ない」


 いや、もう、あなたの息子さん、闇の精霊と契約しちゃってますけど! でも!!


「ルナールの領地が戦火で焼かれるのは見たくありません! せっかくここまで豊かになったのに……!」


 私は必死だ。


 やり直しの人生。どうにかして、ルナールに恩返しがしたかった。

 貧しい領地を立て直し、侯爵家の取り潰しを回避する。

 それが私の目的だった。


 それなのに、これじゃ、前世と変らない。私のせいで、ルナールがめちゃくちゃになっちゃう!! 


 零れそうになる涙を堪えながら、侯爵の前にひざまずき、侯爵の膝に両手を揃えて、見上げる。


「お願い。お父様、そんなことしないで? お願いします」


 私がヘズルと結婚さえしなければ、領地は安泰だと思っていた。


 それなのに、結婚しなくても領地が破滅に導かれるのなら……。

 そうか、今は革命軍のリーダになるバルがルナールにいるんだわ。だったら、私がヘズルの元へ行っても、例え革命が起きても、ルナールが悪い目に遭うことはないんじゃない?


 私は気がつく。


 私さえ、諦めて王太子の物になれば領地は守られる。


 無神経で話を聞かないヘズルを思い出してゾッとする。王太子妃の時代も彼はそうだった。思いを押しつけるだけで、私を顧みなかった。

 

 また、あの苦しい生活が待っているの? でも、私さえ我慢すればみんな幸せになれるなら……。


 ギュッと目を瞑った。

 怖くて、気持ち悪くて、体が震える。


 お兄様と離れたくない。みんなと一緒に、ルナールで暮らしたかった。王都なんて嫌だけど、でもーー。


 グッとお腹に力を入れ、心を決める。

 

「……わ、私……」


 喉がカラカラに乾いてかすれる。


「そんなことになるなら、私……」


 かすれる声で、先を続けようとしたとき、私の横にリアムが跪いた。

 そして、震える私の手を握る。


「父上、王太子殿下はいまだルネを、ルナール家が養っている平民とお考えなのでしょう。国王様にルナール家の内情をお伝えしてはいかがでしょうか」


 お父様はため息をついた。


「まだ時期尚早と思っていたが、いたしかたがない」


 お父様は頷いた。


「ルネとリアムは婚約予定であることを伝えよう。そうすれば、未来の侯爵夫人に手を出したことになるからな。王太子も迂闊なことはできまい。合わせて暴挙の証拠を国王陛下に送れば、抗議の意図ははっきりと伝わるだろう」


 お父様が言い、お母様が静かに頷く。

 リアムが私を見て、私は顔が真っ赤になる。


「私とお兄様が……婚約!?」


 耳がピーンと立って、尻尾がブンブン振れてしまう。


 恥ずかしい! 考えてみたこともなかった! でも、キャー!! 嫌じゃない!!


 顔を覆って、指の間からそろそろとリアムを見る。

 リアムはほんのりと頬を赤らめている。


 ズキュンと胸が撃ち抜かれる。


 ずっと兄だと思っていた人が、突然男の子に見えた。



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