第30話 お祭り 1


 そうして迎えた祭りの当日。

 公式の完成式典は翌日だが、お祭りは前日から開かれることになっていた。


 私たちは堤防の上で、出店の準備をしていた。

 揃いの三角巾をかぶり、エプロンを着ける。バルは薄い色つき眼鏡をしていた。目立つ金の瞳を隠すためだ。


 私たちが修道院の奉仕活動を手伝うのは、今では当たり前の風景だ。 

 ハラハラと桜吹雪が舞う中に、白亜の彫像が建っている。

 精霊オンディーヌ様の微笑みが美しい。


「明日の式典には、王太子殿下が国王の代わりとして来賓としてやってくる」


 リアムが言いい、私はドキリとする。

 

「へぇ、どんなヤツ?」


 バルが尋ねる。


「私と同じ歳で、薄い金の髪に、琥珀色の瞳をしているそうだよ」

「王太子殿下はルナール家に滞在なさるの? 私もご挨拶しなきゃダメ?」


 私は耳をペシャンと倒して、リアムに尋ねた。


 前世で出会ったのは、十三歳のときだった。

 リアムのアカデミーの卒業式を見に行き、そこで見初められたのだ。


 それさえ避ければ良いと思っていたけれど、領地改革していたら運命が変っちゃったみたい。どうしよう……。


 私は恐怖でプルプルと震えた。


 リアムは私をギュッと抱きしめる。


「大丈夫だよ。王太子殿下はルナール領には滞在しない。田舎は嫌だと、隣の領地の侯爵邸に宿泊し、式典の挨拶だけして帰るそうだ」


 私はほっと安心する。

 しかし、バルは眉を顰めた。


「うわー……、偏見で決めつけてやなヤツ。ルナール領は暮らしやすくなったのにな」


 そう言って、バルは私の頭を撫でた。


「モンスターが減って、無事に堤防が完成して良かったよな」

「ドラゴンの鱗から作った魔鋼石のおかげもある。最初は入手元を問われると困るから、流通はさせられないと悩んでいたけれど……」


 バルの言葉に、リアムが応じる。


「護岸の強化に使えるなんて、テオ先生が使い方を考えてくれて良かったですね」


 私が続ける。


「それに、堤防ができたおかげで、畑も増やすことができた」

「まさか、堤防の決壊のおかげで、土地が栄養豊富になっているとは思いませんでしたね」


 リアムが言い、私も頷いた。


 堤防完成までの苦労話をしながら、私たちは準備を進める。

 春なのに、玉の汗が流れた。



 お祭りが始まった。

 オンディーヌ様の彫像前では、音楽に自信のある罪人達が演奏をしている。


「あ、演奏がはじまったね。さすが王都で音楽の教育を受けている。山流しに会った人たちは、芸術分野が得意な人たちが多い」


 リアムが感心する。

 ちなみに、オンディーヌ様の彫像を彫ったのも、修道院の罪人だ。


「領地で一番の歌姫が飛び入り参加で、歌を歌い出したわ!」


 ここ数年で、修道院の罪人と、領民のあいだにはわだかまりがなくなっていた。

 

「領地の人たちと、修道院の人たちが仲良くなって良かったね」


 私は思う。

 革命軍には山流し経験者たちが多く参加していた。ルナールでの暮らしに恨みを持っていた人が多かったのだ。

 ルナールの暮らしが少しでもましになれば、仮に革命が起こってもルナールへの恨みは弱まるだろう。


 そもそも、革命軍のリーダーと仲良くなれたし。革命はどうなっちゃうのかな? なくなるなら、私は安心なんだけど。


 私がバルを見と、彼と目が合った。 


「なんだよ? ルネ」

「なんでもない」


 私が笑うと、バルは照れたように鼻をかいた。


「やめろよな。照れるだろ?」

「なんで?」


 私が小首を傾げると、リアムはバルの眼鏡を手で覆った。


「見なくてよろしい」

「無自覚なルネのほうを叱れよ、オレのせいじゃないだろ?」

「ルネが可愛いのはしかたがないんだ」


 ふたりはいつもどおりイチャイチャとじゃれ合っている。

 私は少し呆れて苦笑いをした。


「ほら、開店しよう!」


 店の前には開店前から人々が並んでいる。


「うん」

「そうだね」


 こうやって、出店は予定どおりに開店した。


 修道院の品物は、無料配布なので、様々な人たちが食べに来ては、美味しいと喜んでくれる。

 領民はもちろん、祭りの噂を聞きつけた旅人もいた。

 身分を隠しているような人もいるが、もしかしたら修道院に収容されている罪人の関係者なのかもしれない。

 

「素晴らしい堤防ができて良かったな」

「王国一の堤防らしい」


 領民達が話している。


「これも、修道院の人たちの知恵のおかげだ」

「いや、力を借りるように提案したのはルネ様だ。ルネ様のおかげだろう」


 そんな声が聞こえて、私は慌てて否定する。


「みんな、ライネケ様のおかげです。私は伝えているだけです!」


 すると、ドッと笑い声が起こる。


「またまた、そういう。でもな、ルネ様。ルネ様がいなけりゃ、そのお告げだって、いただけないんだ」

「でも!」


 私が反論しようとすると、リアムがポンポンと私の頭を叩いた。


「こういうときは『ありがとう』だよ。せっかくの気持ちを無視するのは、失礼に当たるよ」


 リアムに言われて気付かされた。

 私は素直に気持ちを受け取ることにした。


「ありがとうございます!」

「こっちこそ、ありがとうな!」


 素直に礼を言えば、満足げな笑顔が返ってきて、リアムの言うとおりだと思った。



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