第29話 お祭りの準備


 ドラゴンから出会って、一年の月日がたち、私とバルは十歳、リアムは十五歳になっていた。


 ルナール領は、ドラゴンの脱皮した皮を回収した結果、モンスターの発生が抑えられるようになった。

 また、ライネケ様の知恵をもらって、ドラゴンの鱗から魔鉱石に似た性能を持つ物を作り出せるようになった。

 ドラゴンの鱗を天日干しし、使いたい用途の魔法を付与してから、ニスで塗ると、擬似魔鉱石になるのだ。

 

 擬似魔法石は、美しくて便利だが、大量生産でき見通しがないため、今のところはルナール侯爵家での管理下でのみ使用が認められている。


 そんな中、テオ先生が、擬似魔鉱石を工事に使用する方法を発案した。

 おかげで、堤防工事は飛躍的に進んだ。

 メインの堤防は完成し、徐々に堤防の距離を伸ばしていくことになっている。


 そして、今日、私たちは、ルナール川堤防の完成式のために準備をしている。

 全部は完成していないのだが、一部区間だけでも完成を祝い、その他の区間の成功を祈ることにしたのだ。


 帝国一広い堤防の上には、水の精霊オンディーヌ様の彫像が建てられた。そしてそこへ向かう大きな道が作られ、その両脇では桜の花が咲き乱れている。


 その堤防の上で、堤防の完成式典がおこなわれることになった。同時にお祭りが開かれることになったのだ。

 そして、そのお祭りに、修道院から奉仕事業として出店を出すことが決まっていた。

 

 私とリアム、そしてバルは、修道院の人々と一緒に奉仕事業に参加することにしたのだ。


「二年熟成の醤油を持ってきました。味噌の確認もしてください」


 私が修道院の厨房へ顔を出すと、早速声がかかった。


 すると、キツネの精霊、葛の葉様が私に憑依し、醤油を手にとりなめる。


<良い仕上がりですね>


 葛の葉様が答える。


「ごま油も確認してください」

<私は油に目がないのです>


 そう言うと、小皿に入ったごま油をペロペロと直接舌で舐める。


 これだと油を舐めてるのは私なんだけど、葛の葉様はそれでいいのかしら?


 体を乗っ取られている私は思いつつ、ごま油を味わう。

 

 ごま油って最強よね。駆ければとりあえずなんでも美味しくなる。これと、醤油。もしくは塩の組み合わせも良いのよね。


 そんなことを考える。


<それは妙案です。作ってみてください>


 葛の葉様はそう言うと、私の体から離れていった。


 え? 突然!?


 驚き呆れつつ、精霊様の自由さに付き合うしかない。


「お豆腐と塩ってありますか?」


 私が尋ねると、厨房の人が豆腐と塩を持ってきてくれた。


 私は豆腐に塩とごま油をかける。

 そして、その豆腐を口にした。


「んーん! やっぱり、美味しい!!」

<美味ですね>


 感嘆すると、葛の葉様が答えた。

 バルは怪訝そうな顔をする。

 

「そうかぁ? オレ、豆腐って味感じなくていまいちなんだよな」


 そういうバルに勧めてみる。


「じゃあ、一口食べてみて?」


 スプーンに乗せてバルに向ける。

 バルはあーんと口を開け、ごま油がけの豆腐を食べた。


「ん! 旨い!! 醤油だけじゃなく、こういう食べ方があるのか」


 バルが言って、苦笑いする。


「ルネ、リアムにも」


 そう言われ、リアムを見るとジト目でバルを睨んでいる。腰に付けた剣が怪しく光る。


 お兄様も、豆腐が食べたかったのね!


「あ! お兄様も食べますか?」

「うん」


 私が豆腐の皿を差し出すと、リアムは少し悲しそうな顔をした。


「私には?」

「ん?」

「私にはアーンってしてくれないの?」


 聞かれて私はハッとした。

 別にバルへアーンをしようとしたわけではない。私としてはスプーンを差し出しただけだったのだが、バルが勝手にアーンしたのだ。

 

 でも、お兄様には私がしたみたいに見えたのね。


「はい、お兄様、アーン」


 私がスプーンを差し出すと、リアムは幸せそうに豆腐を食べた。


「うん、美味しいね」


 とても幸せそうに食べるので、私も嬉しい。


「お兄様は、お豆腐が好き? だったら、他のメニューも考えてみようかな?」

「それも良いね。豆腐はタンパク源としてとても良いけれど、苦手な子供も多いから」 

「豆腐にきな粉と蜂蜜をかけるのはどうかな?」


 私が考えていると、バルが苦笑いする。


「それは食べてみたいけどさ、まずは祭りで出しやすいメニューだろ? あれ、侯爵家のキッチンで作ってヤツ、ここのみんなに食べてもらおうぜ」


 その指摘にハッとする。


「そうだった! 豆腐に薄い肉を巻いて、醤油と砂糖で焼いて食べると美味しいんです! 串に刺すと、食べやすいと思います」


 侯爵家のキッチンで作ってきた物を、みんなに食べてもらう。


「これはいいですね。全部本物の肉みたいです」

「串に刺すと食べやすいですね」


 王都からルナールに送られてきた貴族の罪人たちも、喜ぶ。


 みんなの賛同を得て、私は作り方を披露した。

 侯爵家から持ってきた水を切った豆腐に、薄切り肉を巻き付け、小麦粉を軽く振る。。

 熱したフライパンで焼き目を付けてから、酒と砂糖、醤油を入れて甘辛く煮て、串に刺す。


 ただ、作るのに手間がかかるので、すぐ出せる品物として、玉になったコンニャクを串に刺し茹でておき、味噌を塗って出すことにした。


 メニューが決まったところで、私たちは黙々と下準備をはじめた。


 玉コンニャクと、水切り豆腐を作っておくのだ。


 修道院の人々が協力して、祭りへの準備をおこなった。


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