第31話 お祭り 2


 私たちはいろいろな人々と会話を交わしながら、食べ物を配る。

 すると、フードを被った少年が列に加わった。


 付き人と護衛らしき大人が一緒にいるので、きっと高貴な身分だろうと思う。

 しかし、お忍びらしき姿から、私たちはあまり視線を向けずに、気がつかないふりをしていた。

 

「なんだ。この列は。修道院の列? 本当に大丈夫なのか? 食える物なのか?」


 フードの少年は不満そうだ。

 付き人がヒソヒソと耳打ちをする。

 すると、少年は不満そうにため息をついた。


「肉じゃないんだろ? どうせ不味いに決まってる。ルナールは貧しいから? 牛肉がないなら豚肉を使えば良いだろ? 頭が悪いな。罪人が作った物なんか、汚い。だから俺は来たくなかったんだ。父上が言うから、しかたなく……」


 不満をたらたらと零している。


 肉がふんだんに使えないのは、たくさんの牛やブタは飼えないからよ! 人間が食べる穀物を育てるのに精一杯出で、鶏はともかく、牛の餌が足りないのに。少し考えればわかることが、わからないなんて……。


「しかたなくなら食べなくて結構です。食べてもいないのに文句を言うなんて失礼ですよ」


 私がピシャリと告げると、少年はブルリと震え、なぜか紅潮した。そして、ギュッと、胸元のシャツを握り絞める。


「すみません。一本ください」


 付き人は申し訳なさそうに謝った。


 私は少年の付き人に肉巻き豆腐を渡した。


「どうぞ、気を付けて食べてくださいね」


 とびっきりの笑顔を付け足す。


 すると、少年は目を丸くして私を見た。


 私は、見覚えのある琥珀色の瞳に思わず鳥肌が立った。


「……もしかして。もしかして、今、おまえ、俺のこと、叱ったのか!」


 少年が目を潤ませ、私を見た。

 なぜか嬉しそうに目が輝いている。


 え? なに、こわい。


「俺のこと、叱る女、初めてだ……」


 ホウ、とため息をつく。

 付き人は心配そうに少年を見た。


 少年はジロジロと私を見て、グングンと顔を赤くしていく。


「おい! あれがほしい!!」


 少年は大きな声でそう言って私を指差した。


「っ! お坊ちゃま、人は商品ではありません」


 付き人が窘める。


 リアムとバルが私の前に出た。

 険悪なオーラがふたりから立ち上がった。


「うるさい! 買ってこい!」


 さらに続けられた少年の声に、周囲はざわめき立った。


「ルネ様になんてことを」

「いくらお祭りの無礼講だからって」

「子供でも許せねぇ」


 力自慢の男達が、前に出る。

 護衛らしき人たちが、少年の前に出る。

 一触即発の雰囲気に、付き人が慌てる。


「お坊ちゃま、参りますよ」

「なんだと! なんで俺が!」

「今は騒ぎを起こしてはなりません! お父上様の命令です」

「っ、クソ! 別にお前らが怖いわけじゃないんだからな! 今回は勘弁してやる!!」


 少年はそう言うと、付き人たちに引きずられるようにして去って行った。


「なにあの、小物感満載な捨て台詞……」


 私が呆れて呟く。


「祭は変なヤツが湧くからな、気にするな」


 平民育ちのバルが慰めてくれる。


「また、先程の者がくるかもしれませんので、ルネ様たちは店番をやめましょう。かわりに、これを被ってお祭りを楽しんできてください」


 修道院長が言い、可愛らしいフード付のケープをくれた。


 私は早速フードを被る。


「フードを被っても、ルネの可愛らしさは隠しきれないな」


 そう言いながら、リアムは険しい顔をして私と手を繋ぐ。


「ったくよ」


 バルはブツブツなにかを呟いている。

 

 私は、リアムとバルと一緒に、堤防上の出店を見て歩くことにした。


「ルネ様、これ持っていきな!」

「ルネ様だ! お母さんの病気治ったよ、ありがとう!」


 歩く先々で、町の人たちから声がかかる。


「いえ、私じゃなくてライネケ様のお告げです。感謝はライネケ様にしてください」

「もちろん、ライネケ様の神殿にも御礼に行ってるよ。でも、ルネ様がいなければお告げが聞けなかったじゃないか!」


 そう言って、町の人たちは私にいろいろなものをくれた。


 ギヨタン先生もトルソー先生も、テオ先生も私を異様に誉めるから、誤解されちゃってる~!


 アワアワとしていると、私の両手はもらい物でいっぱいになった。


「嬉しいけど困っちゃう」


 私の尻尾は素直にも、嬉しくてブンブン揺れている。

 でも、両手がいっぱいで遊べないのは困ってしまうのだ。


 リアムは、私が持っていた焼き油揚げを取り、私の口元に差し出す。

 私は反射的にアーンと口を開いた。

 ガップリと食らいつくと、唇の端に油がついた。


「おいひぃ」


 油揚げは、葛の葉様の大好物だそうで、それを作れとうるさかったのだ。

 神殿で配っていたら、ルナールの屋台でも売られるようになった。

 カリッとした食感に満足していると、リアムが私の唇についた油を指先で拭う。

 そして、その指をペロリとなめた。

 意味ありげな視線で私を見て笑う。


 私は意味がわからずに、小首をかしげた。


「お兄様、美味しい?」

「うん、とっても美味しいよ」


 リアムが幸せそうに微笑むと、横で見ていたバルが「ケッ」と呟く。


「さあ、持って帰れるものは従者に持って帰ってもらおう」

「はい!」


 従者に荷物を渡す。


「持って帰れないものは……」


 どうしようかと考えて、周囲を見ると小さな子供たちが物欲しそうに眺めていた。


「子供たち、おいで~!」


 私が声をかけると、集まってきた。

 私は厳かな声で伝える。


「これは精霊様のご神饌(しんせん)です。ありがたくいただくように」

「ルネ様、ごしんせんってなぁに」

「なぁに?」


 私が配る食べ物を受け取りながら口々に尋ねる。


 神饌とは、葛の葉様から教えてもらった概念だ。


「精霊様にお供えした物を、精霊様と一緒にわけあっていただくことを言うの」


 最近、ライネケ様の神殿にも供物が多く供えられるようになったので、困窮している人々に分け与えているのだ。


「精霊様はお供え物に宿るマナやお祈りする気持ちをいただいて、お供え物は必要な人たちでわけあいなさいって、おっしゃってるわ」

「わーい! ライネケ様ありがとう! 精霊様たち、ありがとう!」


 私が説明すると、子供たちは喜んで食べ物を口にした。

 私にお供え物をくれた店の人々も、ニコニコと頷いている。


「これ、美味しい!」

「ねぇ、一口ちょうだい! 僕たちもわけあおうよ!」

「こっちも、こっちも交換!!」


 子供たちがはしゃぐ。

 そんな興奮する子供たちを見て、周囲の大人たちも同じ物を買い求めた。


「ルネのおかげで、宣伝になったみたいだね」


 リアムが私の頭を撫でる。


「ほんと、お前、そういうのすごいよな」


 バルが感心したよう笑った。


「すごいのは精霊様たちです。私なんかすごくない」


 私がそう答えると、リアムは肩をすくめる。


「また、そう言って。たしかに知恵を貸してくれるのはライネケ様かもしれないけれど、その知恵をどう使うかが大事でしょう? それを考えているのはルネだ。もう少し自分のことを認めてあげて」


 リアムはそう言うと、私をひょいと抱き上げた。


「でも……」

「私の大事なルネを『なんか』って言わないで」


 メッ、リアムは軽く怒って、私の額にゴツンと自分の額を打つけた。


「いたぁい」


 ヒリヒリする額を撫でる。


「ルネ、わかった?」


 リアムが優しい瞳で微笑む。紫色の瞳は、朝焼けの色みたいに未来を感じる優しい色だ。


 私は尻尾で、リアムをギュッと抱き返す。


「うん、わかった」


 お兄様にそう言われると、なんだかそうなのかなと思えてくるから不思議。


 エヘヘと笑うと、リアムも笑う。


「もー、お前ら、いつまでイチャイチャしてる気だよ! さっさと遊びに行こうぜ!」


 バルが言って、私たちは屋台を見て歩き、夕方まで祭りを楽しんだ。


 

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