第19話 光る尻尾を揺らして


 今、私はドラゴンの住処すみかに向かっている。


 ルナール侯爵家の精鋭の騎士達と、リアム、バル、私である。

 はじめは私ひとりで行こうと思っていた。


 ドラゴンを倒すわけではないからだ。

 対話するつもりなのに、あまりに武装をしていたら警戒されると思ったのだ。


 お兄様は当然反対し、お父様が意外にも精鋭の騎士達を選んで付けてくれたのだった。


 ライネケ様の案内で、ドラゴンの住処に向かう。


 ライネケ様は領民の信仰心のおかげで、私以外にも姿を見せられるようになったらしい。


 銀色の髪をなびかせて、私を抱いて先頭を歩いて行く。

 私はライネケ様に言われ、ジャンシアヌというお酒を鞄に入れてきた。リンドウから作られる酒らしい。


「まるで親子みたいだな」


 バルが言う。

 ライネケ様は、私と同じ紫の瞳で、銀の尻尾と耳を持っていた。


「お前は見所のある子だな」


 ライネケ様はご機嫌で、バルにそう言った。

 リアムは不機嫌そうだ。

 つい先程、私を抱っこする権利争奪戦をライネケ様と繰り広げ、負けたのが悔しいらしい。


 ルナール川の源流を目指し、途中まで馬でやってきた。

 獣道もなくなった今、徒歩でドラゴンの元へ向かう。


 現れたのは大きな洞窟だった。川は洞窟の中に繋がっている。

 その入り口の壁には古い彫刻が施されているが、ツタが這っていて劣化していた。


「これは……」


 リアムが驚きの声をあげた。


「王家の紋章の獅子、そしてルナール家の紋章であるキツネが彫られている。王家とルナール家の遺物なのか?」


 ライネケ様はなにも言わない。

 ただ、冷めた目でリアムを見ていた。


「なんか文字が書いてある……。古い文字だ。えーっと、門……? 門の前の文字は削られているみたい」


 バルが入り口上部の文字を読む。


 もう古い文字の勉強もしているようだ。


「削られた言葉……まさか、ここが」


 リアムが呟く。


 洞窟の奥から生臭い風が吹いてくる。

 ウォォォンとなにかが共鳴している。


 ゾクリとして身震いする。


「怖いか?」


 ライネケ様が私を見た。


 コクリと頷く。


「さて、誰が行く?」


 ライネケ様の言葉に、全員が注目した。


 勝手にライネケ様が行くのだと思ってた。


 私は驚いて、ライネケ様を見た。


「精霊を封印する魔法がかけられているからな。我が輩は入れないのだ」


 ライネケ様は飄々とした表情で笑っている。


「オレがいく!」


 真っ先に声をあげたのはバルだった。


 バルはリアムの初陣に刺激を受け、あれから勉強も武術にも力を入れている。

 ルナール侯爵が修道院の安全性を確認してからは、修道院の人々と交流している。

 元聖騎士だった修道院長から剣を学び、他の有識者たちからも魔法などについて学んでいるのだ。

 私たちと一緒にヨガをしてマナの扱い方も上手になってきていた。


「オレ、最近、強くなったから!!」


 そう言って、洞窟に向かって駆け出した。


 しかし、入り口でなにかにぶつかったように、金色の光りが弾けて、バルは跳ね飛ばされた。


「選ばれし者しか入れない」


 ライネケ様が含み笑いでそう言った。


「下ろしてください」


 私が言うと、ライネケ様は私を地面にそっと下ろした。

 すると、私の前にリアムが立ちはだかる。


「お兄様」

「私が行こう」

「でも」

「きっと、私しか入れない。ここはきっと『呼んではならない門』だ」

「呼んではならない門?」

「ああ、昔むかしの伝説だよ。ルナール家の当主は昔、この門をくぐり、この先の精霊と契約することで当主と認められたんだ。しかし、百年前、この先にいる精霊と契約した者が王宮で乱心した。精霊の力が原因だった。そのため、王命によってこの洞窟は封印され、中の精霊と契約することは禁じられた」


 そう答えるリアムの顔は強ばっている。


「乱心……?」

「人の心を失って、王宮で自害したそうだ」


 乾いた声だった。


「はぁ? そんなのやめろよ! リアムが同じようになるかもってことだろ? そんなことまでする意味あるの?」


 バルが噛みつく。


「モンスターの発生源がわかっていて、止められるのなら、すべきことだ。そうすれば治水工事も順調に進むだろう」


 リアムはキッパリと言った。

 バルは噛みつく。


「お前の命、大事にしろよ」

「モンスターを放っておいたら、たくさんの領民が死ぬ。いずれは、私も死ぬかもしれない」


 リアムはそう言うと、洞窟に目を向けた。

 私はギュッとリアムの手を握った。


「こんなことになるのなら、ドラゴンに会おうなんて言わなきゃ良かった……」


 ホロリと涙が零れる。


 領地に恩返しをしたいと思っていた。

 でも、そのためにリアムを犠牲にするのは嫌だ。

 

「どうしても、お兄様が行かないとダメなんですか? ライネケ様」

「内側から壊れない限り、ルナール侯爵家の血筋以外は入れない」


 ライネケ様はすげなく答えた。


「そんな……、でも、だったら」

「だが、ルネ。お前がついていくことはできる。お前はキツネの精霊の力を持つ。キツネには人々を送り届ける力があるからな」


 ライネケ様が試すような目で見た。


「! だったら、私、お兄様と一緒に行く!!」


 私はギュッと涙を拭いて顔を上げた。

 その勢いにリアムは動揺する。


「馬鹿なことを言わないで。ルネ悪影響を受けるかもしれないんだよ?」

「それでも、いい。お兄様だけ行かせたりしない!!」

「ダメだよ、ルネ。ルネがそんなことになったら母上はどうするの?」

「それなら、お兄様だって一緒だよ!」


 私はリアムの目を真っ直ぐに見つめた。


「お兄様の心がなくなりそうになったら、私が見つけ出す。だからお兄様、お兄様は私の心を見つけて?」

「ルネ」

「ライネケ様のお力で、絶対お兄様を侯爵家に送り届けるわ。私にしかできないもん!」


 リアムは困った顔をして、ライネケ様を見た。

 

「ライネケ様、無茶です。ルネを止めてください」


 そうリアムが言うので、私はリアムに抱きついた。

 両手両足、尻尾も使って剥がされまいとべったり絡みつく。


「ライネケ様がなんて言ったって無駄です! 私はお兄様についてくの!」

「ルネ」

「お願い、おいていかないで!」

「ルネ」

「……お願い、私、もう二度とおいていかれるのは嫌!」


 モンスターの前で見捨てられたあのとき。

 ルル様を求めて死に急いでしまったお母様。

 ふたりだけ先に逝ってしまった断罪の日。


 もう、ひとりおいていかれるのは嫌なのだ。

 心がなくなるとしても、お兄様と一緒にいたい。


「……ルネ……」


 必死な私を見て、リアムは困り果てた顔をする。


「我が輩に止めることはできないな」


 ライネケ様はそう笑った。


「ライネケ様……」


 リアムは泣きそうな顔でライネケ様を見る。


「リアムよ、ヨガは毎日やっているな? 呼吸をしてみよ」


 ライネケ様に言われ、リアムは呼吸を整える。

 私にすら周囲のマナの流れがかわったのがわかった。

 バルも騎士達も気がついたのだろう。目を見張る。


「よい、これほどにまでよきマナを貯められるのであれば、お前は大丈夫だ」


 ライネケ様はそう言うと、リアムの肩をポンポンと叩いた。


「ルネを連れていけ。お前ならルネを守れる」

「私なら、ルネを守れる?」

「ああ、大事なことを忘れなければな。いいか、闇にわれるなよ」


 ライネケ様に諭されて、リアムは静かに頷いた。

 そうして、ゆっくりと息を吐き出し、心を決めたような顔で私を見つめた。


「わかったよ。ルネ。でも、無理はしない。いいね?」

「うん! お兄様も無理はしないで」


 私は抱きつくのをやめ、地面に降りる。

 私たちは、苦笑いしながら見つめ合った。


 リアムは深呼吸をすると、バルと騎士を見た。


「このさらに上に、別の閉ざされた入り口があるはずだ。そこを探し出し、もしもの場合に備えて壊れるようなら壊してくれ」


 リアムが言うと、バルが頷く。


「わかった。テオ先生を呼んでくる」

「たのむよ。バル」

「任せてくれ!」


 バルは胸を叩いた。

 

「では、準備は良いか?」


 ライネケ様に、私とリアムは頷いた。


「ルネの光りが行き先を照らしてくれるだろう」


 ライネケ様が私の頭をポンとはたいた。

 すると、私の尻尾がほんのりと光った。まるでランプのようだ。


「では、行っておいで」

「はい!」

「そして、無事に戻っておいで」


 ライネケ様はそう言った。


 リアムは頷くと、腰に付けていた剣を抜いた。

 ルナール家に代々伝わる、エクリプスの剣である。

 リアムは剣で、洞窟に向かって星を描く


「昏き夜を率いる者、混沌の闇を統べる者、その内より光りを生みし者、闇の精霊王ノートよ、深き淵へ我を誘え」


 禁忌ノートの名を唱えた瞬間、洞窟からのうめき声が止まった。

 気がつけば、川のせせらぎも、鳥のさえずりさえも聞こえない。

 世界中の音が消えた。


 ブワリと尻尾が広がる。

 

 太陽が雲に隠れた。


 瞬間、バルが弾かれた透明の壁に穴が空いた。

 リアムは深呼吸をした。

 私も同じく深呼吸をする。

 私たちは手を結びあい、一歩踏み込んだ。

 洞窟の中に完全に入ると、薄い膜がピシリと音を立てガラスのように固まった。


 焦った騎士とバルが、駆け寄ってきてガンガンとガラスを叩いている。


 私は光る尻尾を揺らして、大丈夫だと外へ知らせた。


「行こう」


 リアムはそう言うと、洞窟の奥へと進み出した。



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