第18話 教えて!ライネケ様


 私は自分の部屋に戻り、領地を眺めていた。

 

「なんとか食べ物は見つかったけど、毎年同じことになるなら意味ないわよね」


 私はため息をつく。

 せっかく、テオを見つけたのに、今のままのペースで治水工事をしていては、また同じように来年の初夏に決壊してしまう。

 


「お父様は予算を回してくれると言ったけど、そもそもお金がないのよね……」


 工事を早めるためには、土魔法が使える職人をたくさん呼ぶ必要がある。魔道具だって必要だ。しかし、ルナール領にはお金がない。

 また、今回の件で、財政はさらに悪化していることだろう。


 うーんと考える。


「そうだ! 魔鉱石の鉱脈があるじゃない!」


 私の耳がピーンと立つ。


「ライネケ様!」


 私が名を呼ぶと、ライネケ様が現れる。

 そして当然のようにバックハグをした。スリスリと私の頭に頬ずりをする。


<どうした? ルネ>

「ご機嫌ですね、ライネケ様」

<もちろんだ。お前が我が輩の言葉を伝えるようになってから、神殿への供物がふえてな。我が輩の神聖力も高まってきているのだ>

「でも、ライネケ様たち精霊様は、供物を食べたりしないのに」

<我々精霊は、人々の信じる力、求める力が強ければ強いほど力を得るからな。自分たちが苦しい中、それでも美しい花を探したり、食べられる木の実を探したりと、その心が力をくれる>

「葛の葉様に言われて、大豆をたくさん植えているんです。なんだか、新しい供物を作りたいとかで。ダーキニー様からは柑子(こうじ)という果物を教えてくださいました」

<まったく。ルネのマナが整ってきてからは、あいつら、勝手にルネを使ってけしからん!!>

「秋になったらライネケ様のワインも作ります」

<よきかな、よきかな>


 ライネケ様は満足そうだ。


「あの、ライネケ様にうかがいたいのですが」

<なんでも聞いてみよ>

「魔鉱石の鉱脈のことです」


 私が言うと、ライネケ様は渋い顔をした。


「あるんですよね? なぜ、今まで見つからなかったんですか?」

<ドラゴンが住んでいるからだ>


 ライネケ様は素っ気なく答えた。


「ドラゴン?」

<前世で見つかったのは、ドラゴンが死んだからだ。病を患うドラゴンが、弱ってきていて、自分の鱗のモンスターを食い切れなくなっている>

「は? どういうことですか?」

<春になるとドラゴンは脱皮するのだ。脱皮した鱗をあやつが自分で食い切っていれば問題ないのだが、残った鱗が初夏になると腐敗しモンスターにかわる。それがルナール川を氾濫させ、領地を荒らすのだ>

「最近、ルナール川が氾濫しモンスターが溢れるのは、病のドラゴンのせいだったんですか?」

<氾濫の原因、すべてがモンスターのせいではないが、一部はモンスターのせいでもあるな。ただの氾濫なら水害だけですむが、そうではないだろう?>


 ライネケ様は当たり前のように答えた。


 私を襲ったあのモンスターは、ドラゴンの鱗のなれの果てだったのだ。


<しかし、ドラゴンがいるあいだは、魔鉱石の鉱脈を探しに行くのは無理だな。鉱脈の入り口があやつの巣だからな。いくら病のドラゴンといえど、人間が敵にして良い相手ではない。死ぬまでしばしまて。どうせ、放っておけば死ぬのだから>


 ライネケ様の言葉に私は混乱する。


「つまり、鉱脈の入り口に弱ったドラゴンが住んでいる。そして、そのドラゴンの鱗がモンスターになる……ってことは……」


 私は考える。

 ドラゴンは精霊に近い存在だ。長い命を持ち、強い力と賢い知性を持っている。

 

 ライネケ様はニヤニヤとして私を見ていた。


 ドラゴンを殺すことができれば、魔鉱石の鉱脈も手に入り、モンスターの発生も抑えられる。しかし、ドラゴンは人間が殺せるようなものではない。かりにできたら、ドラゴンスレイヤーとして名を轟かすことができる。

 しかし、ドラゴンスレイヤーは名声と引き換えに、ドラゴンの呪いによって今後一切の精霊の加護を受けられなくなるのだ。


<まぁ、我が輩が手を貸してやっても良いが……>


 ライネケ様は目を細くして私を見た。ゾッとするような目だった。

 私はゴクリと唾を飲む。


「ライネケ様、私に力を貸してください」

<ほう? なにを望む?>


 低く冷たい声に、私は怯む。


 でも、ここで諦めたらいけない!


 フンとお腹に力を入れる。


「病のドラゴンを治したいんです!!」


 私がライネケ様を見上げていうと、ライネケ様はプッと噴きだした。


<ドラゴンを助けたい……だと? これは面妖な。面白い、面白い>


 ライネケ様はお腹を抱えて笑っている。


「なんで笑うんですか!」


 まったくもって心外である。


<殺したいのではないのか?>

「え? ライネケ様はドラゴンを殺せるんですか?」


 思わず尋ねる。


<我が輩は力を貸すだけだ。どう使うかは人間次第というところだな>


 ライネケ様は、笑っている。


「ですよね? 私、ドラゴンを殺せるとは思えませんし、殺したいとも思いません。ドラゴンの鱗が、病で食べきれないせいなら、病気を治したら良いんじゃないかと思って。最悪、鱗を回収してモンスターになる前に焼いてしまえばいいですよね?」

<ほうほう、それはそうだな。だが、魔鉱石はどうする?>

「それは、諦めます。ドラゴンが守っているものなのでしょう?」


 私が答えると、ライネケ様はクツクツと笑う。


<そうか。では、我が輩からひとつ悪知恵を授けよう>


 ライネケ様はご機嫌で言った。


<ドラゴンの治療と引き換えに、脱皮した皮をもらうが良い>

「え? でも、モンスターになってしまうのでは?」

<ドラゴンの鱗は、きちんと加工すれば魔鉱石の代わりとなる>

「……?? え? どういう……」

<そもそも魔鉱石は、ドラゴンの死体が死蠟化したものだ。鱗もモンスターになる前に、なにかで腐敗を止めてしまえば、魔鉱石と同じように扱える。まぁ、魔力は本物に比べれば少ないがな>

「! もしかして魔鉱石の鉱脈って、ドラゴンの墓場? だからドラゴンが守ってるの」

「正解だ」


 そんなところを攻め立てて魔鉱石を奪おうとしたら、ドラゴンの逆鱗に触れるのは間違いなしだ。

 相手が病を得ているとしても、どうなることかわからない。


 あまりのことに、私の耳はピーンと立ち、ブワワと尻尾が膨らんだ。


「でも、なんではじめから教えてくれなかったんですか?」


 最初から知っていれば、ドラゴンを殺すという選択肢はなかったはずだ。


 ライネケ様はニンマリと笑った。

 その笑顔にゾッとする。


「もしかして……私を試した……?」

「さぁな。ドラゴンの病は無事癒えるかな?」


 ライネケ様はそう言うと、クククと笑って消えた。


 私はドッと背中に汗をかく。


 ドラゴンを殺したいと私が言っていたら、ライネケ様はどうするつもりだったのかしら……。


 私はドッと背中に汗をかく。 


 そして、その場にヘナヘナと座り込んだ。尻尾も耳も萎れていた。


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