第20話 紫色の闇


 洞窟の中は紫の闇に包まれていた。

 リアムは火をともしてみた。しかし、その炎は闇色だった。

 リアムは諦めたように、吹き消した。


 私の尻尾に光りだけが唯一のあかりだ。

 それを頼りに先へ進む。


「ルネがいてくれて良かった」


 リアムが言う。


「私もお兄様がてくれて良かった」


 心底そう思い、繋ぐ手に力を込める。


<妹がそう思ってると思うか? ルネは困っているぞ>


 紫色の闇が、リアムの頭に巻き付いて、聞きたくない言葉を囁く。


「ルネ、本当は怖いんじゃない?」

「そんなことないよ、お兄様」


 不安そうな顔をするリアムに、私は微笑んだ。

 紫の闇は私の頭にも巻き付こうとする。


<ルネは捨てられたくなくて無理してるんだ。我らにはお見通しさ。本当のことなんか言えっこない>


 紫色の闇がリアムと私に囁く。

 リアムはギュッと唇を噛んだ。


「そんなことないもん!」


 私は頭を振った。すると、頭に巻き付こうとしていた紫の闇が、パチンと弾かれた。


<くっ、他の精霊と契約しているな。なんで、そんなヤツがここに入れた。精霊の加護を持つ者は入れないはずなのに>


 紫の闇は私から離れると、リアムの頭に二重に巻き付いた。


<ルネはお前を迷惑に思っているよ。お前のことなんか好きじゃないよ>


「ばーか! なに言ってるの! あなたたち、どうやら人の心の闇を刺激する感じの魔物っぽいけど、そんな見当違いしているようじゃ、まだまだねっ!」


 私がイーッと紫の闇に反論する。


<……>


 すると紫の闇は一瞬黙った。


<お前が馬鹿だろ>

「なに、突然怒りだして、初心者でしょ?」

<初心者じゃありませんー! ずっとずっと、ここでこれやってますー!>

「はぁ? だったら人が久々すぎて忘れちゃったんじゃない? 他に代わりの闇はいないの? ライネケ様のほうがもっと上手に人の心をいたぶるわ」

<……なんで、そんなひどいこと言うんだよ。人と比べてどうだとか、最低だぞ!!>

「ひどいこと言えば、ひどいこと言われるんだよ!!」


 私が言えば、紫の闇は黙った。

 闇の中に重苦しい沈黙が広がる。


「ご、ごめ、言い過ぎちゃったみたい……」


 私が慌てて謝ると、ブワリと濃い闇が足もとに広がった。


<後悔しても遅い>


 そう言うと、闇が沼のように緩み、トプンとリアムが沈み込む。

 リアムは私から手を離した。


「逃げろ! ルネ!」


 私は必死にリアムへ手を伸ばした。

 ギリギリのところで手首を掴む。


 そして私たちは一緒に昏い沼に落ちた。




*****




 ワンワンと声が聞こえる。

 たくさんの声がめいめいに、いろいろなことを話している。


 少女の笑い声が聞こえて、そちらに目をやると、お母様が立っていた。そこへ、私にそっくりな少女が駆けてきて、お母様に抱きついた。きっとルル様だ。


(ルル、生きていたのね! あなたが生きていてくれて良かった。あなたさえ生きていてくれればーー)


 嬉しそうに微笑むお母様。その場面だけを見れば、幸せそのものなシーンだ。

 漆黒の闇がクスクスと笑っている。


<あの子だけ生きていれば、あの子さえ生きていれば>


 闇が囁く。艶めかしい女の声だ。


 お兄様はうつろな目でその様子を眺めている。

 唇が小さく動く。


「ルルが生きていたほうがーー」

<そう、お前なんて誰も愛さない。お前は誰にも愛されない>

 

 私はリアムの手をグッと引っ張った。


「そんなことないよ! お母様はそんなこと言わない!!」


 私の声にリアムはハッとした。

 そして頷く。


「そうだね。母上はそんなこと言わない」


 ふたりで頷きあえば、闇は楽しそうにクスクスと笑う。


 場面が切り替わって、見えたのはバルと私の姿だ。

 少し大人になっているのだろうか。バルは騎士の制服を着ている。

 

 ビクリとリアムが震えた。


(ルネ、好きだ。オレと結婚してほしい)


 幻像のバルがそう言って、私は笑ってしまう。


「ありえない--」


 そう言った瞬間、リアムから手を払われた。


「お兄様……?」


 リアムは腕で自分の顔を隠している。


「見ないで、ルネ」


 闇が囁く。


<ルネはバルを選ぶ。光り輝く髪を持つ王子を選ぶ。捨てられるのはお前だ。闇色の髪のお前だ> 


 闇が笑う。


「お兄様! しっかりして!」

<ほら、ルネはお兄様と呼ぶだろう? お前は-->


 リアムは闇を払うように手を振った。


「うるさい! 黙れ!」

<尻尾を触られるのだって、本当は嫌なんだ。でも、兄だから遠慮して嫌だと言えないだけさ>


 リアムは顔を青ざめさせ、私を見た。


「そんなことないよ! 気持ちいいよ! お兄様のこと好きだから!」

<兄として好かれてる。拾ったから執着されているだけさ。本当は『リアム』なんか好きじゃない。それに気がつけば、妹は去っていく>

「黙れ! 黙れ! わかってる!! 良いんだ。私はそれでいいんだ!」

<嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き、本当はほしいくせに>

「黙れ!!」

<ほしければ奪えば良いんだよ。逃げられないようにしてしまえば良いんだよ。誰にも見られないように……>


 闇が笑うと、そこへ成長した私の姿が現れた。

 アカデミーの制服を着ている。


「……制服が似合ってる」


 リアムが呟く。


<ああ、そうだ、わかるだろう? アカデミーになんて行かせたらだめだ。パーティなんてもっとダメだ。美しい彼女を見たら、王太子さえ彼女をほしがるだろう>


 そこにはドレス姿の私がいた。前世の私は、お兄様の反対でアカデミーにも通えず、社交界にも出ていなかった。

 だから、闇の映し出す姿は私も見たことのない姿だった。


 闇の囁きに、リアムが顔をあげた。

 紫色の瞳で私を見る。


<城に閉じ込めてしまおう。誰にも見られないように。誰にも知られないように>

 

「お兄様しっかりして!! 闇が言うのは全部嘘よ!」

「ルネ……」

「お兄様! 私、お兄様が好きだもん」

 

 私の言葉に、リアムは悲しげに微笑んだ。


「うん。知ってるよ……」


 力ない言葉に、闇が高笑いをする。


<ははっ! 妹は正しく妹らしい!>

「そう、ルネは正しい。私が間違ってる」


 リアムはそう言うと、紫の水晶石のようなものに閉じ込められてしまった。

 リアムはその中で、胎児のようにクルンと体を丸め込み、その中で成長した私の姿を切なそうに眺めている。


「お兄様……!!」


 私はガンガンと石を叩いた。

 リアムは顔を上げない。


「お兄様! お兄様!!」


 私は必死で石を叩く。しかし、紫の石はびくともしない。それどころかドンドンと紫色が濁っていき、闇の色に染まっていく。

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