第21話 帰ってきて、お兄様!


「帰ってきて、お兄様! 私にはお兄様が必要だよ!!」


 大きな声で呼びかける。

 尻尾の光りが一層に輝いた。


<くそ! 眩しい!!>


 闇が怯む。


<お前は邪魔だ。やっとルナールの血筋がここへ来たのだ。あの体とひとつになれば、やっと、ここから解放される。邪魔をするな!!>


 バシンと闇に弾かれて、私は尻餅をついた。

 指先が触れた地面に違和感を感じて、砂を避けてみる。すると、そこには魔法陣が描かれていた。


 私は両手と尻尾を使い、魔法陣の砂埃をどかしてみた。

 魔法陣の全体が露わになった。

 

「これは、精霊召喚の魔法陣……?」


 中央に描かれている精霊の種類を見て驚く。


「闇の精霊の魔法陣……。闇の精霊は伝説じゃなかったんだ。きっと、ルナール家の先祖が乱心したことで、ノートは禁忌の名前になったのね」


 ノートの名前をした瞬間、魔法陣が薄く光った。

 リアムの瞳を思わせる紫の光りだ。

 リアムに纏わり付く漆黒の闇も、チカリと光った。


「! あれは、ノートなの? 暴走した精霊を止めるには、魔法陣の契約で拘束するしかなかったはず」


 ライネケ様に教わっていた知識が役に立つ。


「でも、ひとりでふたりの精霊と契約はできない。今、契約できるのはお兄様だけだけどーー」


 リアムはボンヤリとした目で、幻影を眺めている。


「お兄様! こっちを向いて! お兄様! 精霊の暴走を止めるには魔法陣で契約するしかないの!」


 私は紫の石をガンガンと叩き、リアムに呼びかける。

 しかし、リアムは振り向かない。


「お兄様! こっちを見て! 私を無視しないで!!」


 声の限り叫んでも、リアムは視線さえ私に向けない。

 

「お兄様……」


 リアムの視線の先では、幻影の私が花嫁衣装を着て、お父様と一緒に歩いていた。

 その先には、大人になったバルが佇んでいる。

 バルに尻尾を振る私。

 しかし、その瞬間、バルは王太子に変った。

 私は前世の結婚式を思い出しゾッとした。

 そして、王太子は私の尻尾に優しく触った。


「気持ち悪い!!」


 思わず尻尾をブンブンと振り回した。触れられてもいないのに、気味の悪い感触が尻尾から這い上がってくる。


 これは、闇の精霊の預言なのだろうか。

 それとも、呪いなのだろうか。


 真実になってしまいそうで怖い!


「いやっ!」


 私は紫の石にすがりついた。恐怖で涙が零れる。


「嫌よ! お兄様! お願い! こっちを見て! お願い! お願い! お兄様!! 結婚を止めて!」


 私は声の限りに叫んだ。

 狐の尻尾がブワリと広がり、大きく光る。


「お願いします! お兄様! 声を聞いて! 私をお嫁にやらないで! どこにも行きたくないの! どこにも行きたくないよ!!」


 ボロボロと泣きながら紫の石を叩く。

 

 するとリアムが私を見た。


「お兄様ぁ! お兄様ぁ! お願い、嫌なの! お嫁になんて行きたくないの!!」


 私は必死に訴える。


「お嫁に行きたくない……?」


 リアムが尋ねる。


「うん」

「相手がバルでも?」

「うん」

「どんなお金持ちでも?」

「うん」

「ルナールより豊かな土地に行けるのに?」

「うん! お兄様のそばにいたいよ……。お兄様、私、それじゃダメですか? 大きくなったら、侯爵家のじゃまにならないように仕事、探します。だから、お嫁にやらないで……」


 エグエグと泣きながら紫の石にすがりつく。

 リアムは紫の石の中から、私に向かって手を伸ばした。

 そして、石の内側から私の涙を拭おうとする。

 しかし、石が邪魔をして私に直接触れることができない。


「ルネ」


 お兄様が私の名前を呼んだ。


「泣かないで、ルネ」

「やだぁ、お兄様が出てこないのヤダ」


 イヤイヤと頭を振りながら、石をドンドンと叩く。


「出てきて、お兄様。淋しいよ、怖いよ、そばにいて、そばにいて!」


 ピシリ、紫の石にヒビが入った。

 闇が焦ったように叫ぶ。

 

<ルネはお前を兄として頼っているだけだ、勘違いするな!! ただの妹だ!>

「わかっている! それでもいい!!」


 リアムは吠えた。


<お前のせいで!!>


 漆黒の闇が私を突き飛ばす。

 私は、魔法陣の中央に転がった。


「ルネ!」


 リアムが石の中から私を呼ぶ。

 私は立ち上がって、石へ向かおうとした。

 しかし、真っ黒な手が地面から私の両足を掴んでいる。


「やだ! 離れて! 離れて!!」


 ブンブンと尻尾を振る。

 光った尻尾が黒い手をはたくと、その手は灰になって消える。

 しかし、また新たな黒い手が伸びてくる。


<おまえなぞ死んでしまえ!!>


 黒い大きな手が私に覆い被さろうとする。


「お兄様ぁ!!」

「ルネ!!」


 私が叫んだ瞬間、パリンと紫の石が割れた。

 中から、お兄様が飛び出してきて、剣で黒い手を突き刺し、魔法陣の中央に縫い付けた。


「お兄様! 精霊と契約すれば、暴走が止められるはずです!」


 私が叫ぶと、リアムは頷いた。

 そして続けて詠唱する。


「昏き夜を率いる者、混沌の闇を統べる者、その内より光りを生みし者、闇の精霊王ノートよ、我に従えーー」


 ブワリ、そして、魔法陣から天に向かって紫の光りが広がった。

 

<くっそ>


 漆黒の闇が呻く。


 リアムは剣で闇を押さえながら、呼吸を整えマナをコントロールしている。

 私はリアムに抱きついて、自分のマナをリアムに送る。


 漆黒の闇がジワジワとエクリプスの剣に吸い込まれている。

 美しい銀色だった剣が、黒い色に変っていく。


<リアム、我に体を与えよ。汝の望み、すべて叶えてやる。剣では叶えられない望みだ。体を貸せ。つねにではない。ときおり貸してくれるだけで良いのだ。な? 剣を介した契約より、より強い力を手に入れられる>


 闇が囁く。


<我を身に宿せ。すべてを手に入れられるぞ。王だってなれる。ああ、まず、手始めにバルを殺してやる。ルネを嫁にやりたくないんだろう? お前の手を汚さずにーー>


 闇の声に、リアムは顔を上げた。

 紫の瞳が凶悪に輝いている。まるで悪魔のように妖艶な微笑みを浮かべていた。ゾッとするほど美しい。


<な? 悪い話じゃないはずだ-->


 闇が媚びるよう言う。

 リアムは唇の端を上げた。

 そして、エクリプスの剣にさらなるマナを注ぎ込む。


「我、闇の精霊とここに契約す。我が命つきるまで、我を守り賜え」


 エクリプスの剣が紫色に輝き、柄(ヒルト)のダイアモンドが紫色に光る。


<くっそ! くっそ! くっそ!!>


 闇の精霊王ノートは、エクリプスの剣に吸い込まれた。

 リアムは剣を鞘に収める。カチリと高い音が鳴った。


「バルを殺したいなんて思わないよ。そこが計算違いだったみたいだね。ノート」


 リアムは小さく笑う。

 ブン、と小さく剣が唸った。


「……契約が完了した……?」

「ああ」


 リアムは私をギュッと抱きしめた。


「怖がらせてごめんね」

「ううん」

「泣かせてごめん」

「ううん」


 私が笑うと、リアムは笑って、私の涙を拭った。そして、座り込んだ私を引っ張り上げた。


「さあ、行こう、目的はドラゴンだから」


 そう言うと、私を抱き上げた。

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