第22話 ドラゴン


 私の尻尾の光を頼りに、洞窟の奥へ歩いて行く。

 闇の精霊王がリアムと契約したからか、普通の洞窟になっていた。


 川を辿って進んでいくと、生臭い匂いが濃くなってくる。

 耳障りなうめき声が洞窟の中に反響していた。


 私はリアムにギュッと抱きついた。

 リアムも答えるように抱き返してくる。


 目の前には薄い滝のカーテンが行く手を阻んでいる。高い高い天井から細い水の粒が落ちてきていた。

 その滝の奥には、大きなドラゴンが佇んでいた。


 苦しそうなうめき声。

 饐えたような匂いは、ドラゴンの周囲に残っている脱皮した皮から漂っているようだ。どうやら腐り始めているらしい。あれがモンスターの元になっているのだろう。


 よく見れば、ドラゴンの手足が少し曲がっている。


 私たちは水に濡れるのもいとわずに、滝のカーテンをくぐった。


 ドラゴンは私たちを見て、うなり声を上げた。

 翼を羽ばたかせ、威嚇する。


「ライネケ様から聞いてきました。あなたが病だと」


 私はキツネの耳を動かして、光る尻尾を見せた。


(ライネケの使いか……)

「はい。どうしてこんなことになったかわかりますか?」

(王家とルナール家が、闇の精霊を封印するため洞窟の出入り口を塞いだのだ。そのせいで、外へ出られなくなってしまった)


 ドラゴンは苦しそうに答える。


(食べ物は洞窟の中にあるものだけ、日の光がないために足腰も痛む。苦しいのだ)


「もしかして……クル病? ギヨタン先生が教えてくれました。日照不足と、カルシウム不足からなりやすい病気だって」


 リアムはドラゴンと話す私を見て驚く。


「もしかして、ドラゴンと話をしているの?」


 リアムに問われてハッとする。


「お兄様には聞こえなかったの?」


 リアムは頷いた。


「もしかして、ライネケ様の耳のおかげで聞こえるのかな?」


 私は耳を動かしてみる。


(そうだ。愚かな人間に私の声など聞こえまい)


 ドラゴンは答えた。


 リアムは本当にドラゴンの声が聞こえないようで、失礼な発言にも気がついていない。


「まずはこの洞窟から出る方法を考えたほうがよさそうだね。ここから帰れるかな?」


 リアムが振り返り、私たちが来た道を見る。


「闇の精霊はお兄様が契約しました。この先の道を行けば、出口の封印はお兄様が解いてくれます」


 私がドラゴンに説明する。


(しかし、体が痛くて思うようには動けないのだ)


 ドラゴンは遠い目をして滝を見つめた。


(以前は、この上が空いていたのだ。空を見ることができた。土の中で冬眠しているあいだに空はなくなり、出口さえも塞がれた。すべては王家とルナールのせいだと、闇の精霊が教えてくれた)


 ドラゴンは滝を見つめていた目を、リアムに向けた。


 闇の精霊を封じたエクリプスの剣の鞘から、禍々しい気配が漏れ出ている。

 リアムが剣を掴むと禍々しい気配が消えた。


 ドラゴンは黒々とした瞳でリアムを睨む。


(エクリプスの剣……、こいつは、ルナール……)


 ドラゴンはよろりと立ち上がった。


「お兄様!」


 私は思わずリアムの前に立ちはだかる。


「ルネ?」


 ドラゴンの声が聞こえないリアムは、驚き私を庇う。

 

 ドラゴンは自分の体をささえきれずに、ドシンと倒れた。

 ゼイゼイと息を切らしている。


「私たちはあなたと戦うためにきたんじゃありません」


 私はそう言うと、ドラゴンの鼻先へ駆け寄った。

 そして、ライネケ様に渡されたジャンシアヌの酒を差し出した。

 

「根本的な病は治せないようですが、ドラゴンの気力を取り戻す薬だとライネケ様が言いました」


 クン、とドラゴンはジャンシアヌの薫りを嗅いだ。


(ああ、懐かしい……ライネケか……)


 ドラゴンは懐かしむように呟き、素直に口を開けた。

 私はジャンシアヌをドラゴンの口に、トポトポと注いだ。


(苦いな)


 ドラゴンは酒を飲み干し、顔をしかめる。


 リアムは自分の両手で滝の水を受け、ドラゴンの前に差し出した。


「苦そうな顔をしているから……飲むかな?」


 リアムは私を見て尋ねる。


 ドラゴンは苦々しい様子で、グルと唸る。

 しかし、リアムはキョトンとしている。

 ドラゴンは諦めたようにため息をつき、口を開いた。


 リアムはその口に水を注いでやる。


(甘露だ)


 どうやらドラゴンは、リアムに対する敵対心を失ったらしい。

 諦めたように地面に寝そべり、洞窟の天井を見た。


 言葉には出さないが、空を恋しがっているのだ。


「お兄様、どうやらこの上の天井を、王家とルナールで塞いでしまったようなんです」


 私が言うと、リアムは頷いた。


「ああ、古い言い伝えでは、この洞窟には出入り口があったと聞いている。きっと、ここが出口なのだろう。無事にバルたちが探し当ててくれていると良いけれど」


 リアムはエクリプスの剣を抜いた。


「できることをしなくちゃね」


 そう言うと、天井に向けて星形を描くように剣を振る。


「闇よ、切り裂け」


 リアムの言葉で天井の魔法陣が無効化された。

 砕けた魔法陣が、金色に輝きハラハラと降ってくる。

 まるで木漏れ日のようだ。


 ドラゴンはホゥとため息をついて目を細めた。


(美しいな)

「ええ、綺麗ですね」


 私も共感する。


 すると、魔法陣の欠片に混じって、バラバラと土が降ってきた。


「キャ!」


 私が頭を庇うと、リアムが私を庇う。そして、ドラゴンが翼を広げ私たちを庇った。


 ドシンと地響きが上がり、土埃が舞う。

 そして、天井からお日様の光りが降ってきた。



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