第26話 リアムの夢 1
ドラゴンの洞窟を出た後、私は闇と契約したせいで気を失い、自室で眠りについていた。
そんな私は、悪夢に引きずり込まれていた。
夢の中の私は、当時の闇の精霊の契約者の中にいた。
今の私と同じようにエクリプスの剣を付けている。
目の前には、当時の王太子がいた。夢だからだろう、一目見ただけでだれかわかった。
光り輝く黄金の髪。燦然たる瞳の男。
それなのに、王太子には光の精霊の気配がない。
闇は、光りに焦がれている。
だから、闇は彼の中に光りがないことに失望していた。
(上っ面だけの光りだ。コイツには光の欠片すら残ってない)
ノートの声が頭に響く。ただただ、悲しい、そんな声だ。
王太子が言う。
「彼女を王妃に迎えようと思う」
その声とともに現れたのは、暗い顔をした私の婚約者だった。
ルネと同じ、銀の髪だ。
「ごめんなさい」
彼女はなく。
「彼女は私の婚約者です」
私の体が答える。
「だからだよ」
王太子は笑った。
光りの欠片もなく笑った。
(もう、ここには光はいない。私の光、私の光!)
ノートが半狂乱になる。
「お前が見初めたんだ。きっと、いい女だろう? 俺はお前を信じてる。俺の闇、俺の片割れ、ガーランドの影よ。今度もわかってくれるだろう? お前達ルナールの忠誠を信じているよ」
ブワリと私の中で闇が膨れ上がるのがわかる。
許せない。
闇が体から漏れ出してくる。
「彼女のご両親からは許可を取った。王家の権限で今日にも婚約破棄となるだろう」
王太子は笑い、彼女はさめざめと泣いた。
許せない。
闇を押さえようと、呻きながら自分自身を抱きしめた。
私の婚約者は、泣きながら唇だけで『許して』と言った。
(許しちゃいけない。許すべきじゃない。あいつらはもう、光じゃない!!)
ノートの怒りが、私の中で爆発した。
気がついたときには、私はエクリプスの剣を抜いていた。
(殺してしまえ、殺してしまえ、すべて殺してしまえ! 光がいない世界なんていらない。光がいないなら、ガーランドの影になる必要はない!)
剣を振るい、王太子を追い詰め、あと一歩で命が奪える、その瞬間。
王宮の聖騎士たちに取り押さえられた。聖騎士だけではない。魔法が使える物すべてが、私を取り囲んでいた。
王宮の最大戦力を持って、取り押さえられたのだ。
腰が抜けたように地面に転がった王太子は、もう黄金の髪ではなかった。
「どうして、ルナールは闇と契約できる? どうして、ガーランドは光になれない? どうしていつもお前だけ選ばれるんだ……彼女も……精霊も……」
呟く王太子の髪は色あせ、瞳の色は輝きを失っていた。
「乱心だ! ルナール侯爵が乱心した!!」
私を取り押さえる聖騎士達が声を張り上げていた。
婚約者はその場で泣き崩れていた。
ルナール侯爵家は、王国への忠誠心を示すため、今後は闇の精霊との契約をしないと誓い、契約の場である洞窟の魔法陣の上で私を殺した。
私の命がつきると同時にノートは解放されたが、洞窟の出入り口はすでに、光の魔法の魔鉱石で作られた王笏によって封印されていた。
そして、二度と闇の精霊を目覚めさせぬようにと、王国でノートの名は禁忌とされたのだ。
精霊は、信仰心が弱まれば力を弱める。
存在を忘れられ、名前を呼ばれなければ、いずれ消えゆくのだ。
ノートは泣いた。
(光がいない、光がいない、私の光、私の光)
日々弱まっていく魔力の中で、泣き続けた。
しかし、そんな中、遂に封印が解かれたのだ。
洞窟の中を、歩いてくる自分の姿に、ノートが喜ぶのがわかる。
(ルナールの後継者。私の器)
そして、そんな私とともに来た、光る尻尾で行き先を照らすルネを見て、ノートは狂喜した。
(光! ルナールの光! 私の光!! 今度こそ!!)
そこで私は目が覚めた。
寝汗をびっしょりとかいている。
はーはーと息を吐く。
だから、闇の精霊は封印されたのか……。
光の精霊と契約できる者がいない今、闇の精霊の契約者は王国にとって脅威だから。
気がついてゾッとする。
「ライネケ様が『封印が開かれたことを王家に知られるとやっかいだ』と言っていたけれど、こういう意味か……」
このことは、誰にも知られてはいけない。父上にも母上にも。知られたら、私は夢の中の侯爵のように殺されるだろう。
そして、謀反人の領地として、今度こそルナール領を攻めるだろう。
「ライネケ様の言葉に従って、目くらましの魔法をかけて良かった……」
ホッとしつつも、その秘密の重さに苦しくなる。
誰にも頼れない……。
そう思った瞬間、ポッと灯が点るようにルネの顔を思い出した。
ああ、そうだ、ルネも知っている。私が闇と契約をしたことを、ルネだけが知っている。
「朝になったら、ルネに口止めをしないと」
そう呟いて、恋しくなる。
「朝じゃなくて、今、ルネに会いたいな……」
安全であることをたしかめたい。
傷付けていないかたしかめたい。
寝間着を着替え、窓を見た。
ガラスには、夜闇に溶けそうな自分が映っている。
窓の外には白金の月が煌々と輝いていた。
「ルネ」
名を呼べば、キュッと胸が痛くなる。
エクリプスの剣がウォンと唸った。
あの夢のようになりたくない。
腹の奥がザワザワと蠢いている。
洞窟の中で見せられた未来が、ただの幻影には思えなかった。
私はただの義兄でしかない。綺麗になっていくルネを、ただ見守るしかできない。
「アカデミーになんていれてはいけない。社交界になんて出すものか」
闇の中で思わず呟く。
そして、ハッとする。
「闇に飲まれそうになっていた……」
きっと、闇と契約すると言うことはこういうことなのだ。
自身の闇を制御できなければ、乱心する。
エクリプスの剣を睨むと、剣は静かになった。
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