【書籍化決定】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

藍上イオタ

第1話 王太子妃ルネ・ルーナル 女狐と断罪される


「この女狐め!!」

「国民を虐げた悪女!」

「罪人を殺せ!」

「殺せ!!」


 人々の罵り声が響く。

 ここは、ガーランド王国王都の中央広場だ。高揚とした空気は、まるで私たちの死を見世物として楽しんでいるかのようだ。


 私は罪人として、粗末な麻の服に身を包み、荒縄で腰を縛られ、引っ立てられている。逃走防止の魔法の手かせを嵌められ、裸足で断頭台までの階段を上がっていく。

 月の光のようだと褒めそやされた銀の髪は無様に切られてしまった。


 私は、ルネ・ルナール。

 ガーランド王家の王太子妃だ。


 しかし、国は革命によって亡くなり、私は国民を虐げた王家の一員として断首されるのだ。

 

 たしかに私は王家の力を使って、ルナール侯爵家をもり立てようとした。でも、それが国民を苦しめることになるとは思いもしなかっただけなのに。


 私は北部の辺境ルナール領で生まれた。

 孤児だった私は、ルナール侯爵家に助けられ養女となった。

 その後、王太子に強く求められ、借金のかた同然で王太子妃となった。

 孤児で平民出身の私には、分不相応な身分だと感じていたが、これもルナール侯爵家に恩返しするチャンスだと思い、頑張ってきたのだ。


 ルナール侯爵家は、ガーランド王家の創設時から、陰になり日向になり支えてきた忠臣だ。王国で最も由緒正しい侯爵家ということで、罪人の流刑先でもある辺境の地を守りつつ、王の密命を受ける一族なのだ。

 そのため、中央政界からは距離を置いていた。


 その上、ルナール領は貧しく、王都からも遠い。モンスターがはびこる山もあり、広い平地もなく、商業も発展していない。

 私は、そんな貧しい領地が潤うように、王太子にこびへつらい便宜を図ってきた。


 色々と手を尽くし、魔鉱石の鉱脈も見つかって、やっと豊かになったルナール領。

 しかし、時を同じくして、風向きが変ってしまった。


 王家の圧政に不満を持った国民達が、革命を起こしたのだ。


 その中心となったのが、『義足の王子』と呼ばれる男だった。

 国王の隠し子だった彼は、王妃の罠により死んだと思われていた。しかし、実際は落ち延びて、革命軍を率いるリーダーとなっていたのだ。


 彼は幼い頃から、王妃の命を受けた暗殺者に狙われてきたらしい。

 そのため、人前に出るときは、いつも甲冑を身につけ、バシネットを被っている。私も顔は見たことがなかった。


 王城を奪った革命軍は、まずはじめに王族を捕らえ、見せしめに断罪することにした。


 王太子妃だった私はもちろん、義父のルナール侯爵も、義兄もそろって断頭台の前に立たされている。


 お父様と、お兄様はすごいわ。こんな状況でも表情を変えず堂々としているのね。


 だから、私は彼らの本当の気持ちがわからなかった。私はふたりに嫌われているのだと思っていた。だからこそ、役に立って好かれたいと思っていたのだ。


 義父のルナール侯爵は、私に関心がなかった。王太子との結婚を嫌がる私を無視し、まるで身売りのように王家に嫁がせた。


 五歳年上の義兄リアムは、「お兄様」と呼ぶだけで顔をしかめ、顔を合わせても話すこともない。そのくせ、私がやりたいと言ったことをことごとく反対してきたのだ。


 そのため私は、アカデミーにも通えず、魔法を使えるようになれなかった。

 社交に出ることも制限されていた私は、無知なまま王太子妃になってしまった。

 それもこれも、自分が元孤児でルナール家の恥だからだと思っていた。


 しかし、意外にもリアムは、私を亡命させるため最後まで奔走してくれたのだ。


 血の繋がってない私なんか見捨てれば良かったのに……。


 私を助けようとしたせいでルナール家はお家断絶となり、その領地は革命軍の直轄領となる。

 

「お前の罪を知るが良い」


 私の横で、死刑執行人が下卑た笑いを浮かべ囁いた。


「やめて! お父様とお兄様にはなんの罪もないわ!! 私が、私が悪いのよ!!」


 一心不乱に叫んでも、民衆の歓声にかき消されていく。


「ルネ。お前もルナールなら気高くあれ」


 こんなときでもお父様は、私に厳しい。


「ルナール侯爵、並びにその子息は、平民の孤児を娘と偽り、王太子妃とした罪。また、その女を亡命させようとした罪にて斬首」


 罪状が読み上げられると不気味な音ともに、義父と義兄の首が切られていく。


 義足の王子と呼ばれる男は、身動きひとつしない。

 ただ、バシネットから零れた黄金の髪が、風でなびくだけだ。


 私は絶望した。


 ひどい……。ふたりはぜんぜん悪くないのに……。


 悔しくて涙が零れる。

 

 恨む目で、集まってきた民衆たちを眺め見た。


 するとその中に、涙を流す人々が見えた。ルナール領出身の領民たちである。

 今後、領主が罪人とされた領民たちは不遇な目に遭うだろう。残酷な革命軍に蹂躙されるかもしれない。


 私は恨みよりも、罪悪感でいっぱいになった。


「ごめんなさい……」


 私は彼らに謝る。


「今更、泣いたって無駄だ。アメジストの瞳を持つ月の女神と讃えられたのも今は昔だな」


 死刑執行人はあざ笑いつつ、私の髪を掴み、強引に断頭台の上にのせた。

 魔法でもっと楽に殺せるはずなのに、野蛮な方法で見世物にするのだ。


 広場の民衆たちは嬉しそうに歓声をあげる。無責任に「殺せ」と合唱する声。


「この女は平民でありながら、王太子をたぶらかし、王国を傾かせた罪で斬首」


 罪状が読み上げられ、刃が落ちる。


 風景がゴロリと転がって見えた。


 ごめんなさい。お父様、お兄様。ごめんなさい。ルナール領のみんな。

 みんなを豊かにしたかっただけだったの。

 もしやり直せるなら、王太子妃になんて絶対ならない!!

 もうこんな失敗はしないのに。

 精霊様、お願いです。もし過去に戻れるのなら、やり直しをさせてください。


 青すぎる空を見上げながら、私は祈り、息絶えた。


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