第4章 クリス・サン・エーデルシュタイン編

第25話:ディアの密会

「ディア。もしかして最近、寝ていないのかい?」


 そんなクリスの一言に、ディアは自分が紅茶を飲みながらガクンッと意識を失いかけたことに気づいた。

 ハッとなった時にはもう遅い。クリスの心配そうな顔がそこまで迫っている。

 いつものディアならば、最推しの顔に鼻血を流しながら拝むところだが、今日はその余裕もない。そのくらい、ディアは疲弊していた。


「よく見れば隈も酷い。もしかして、また何か無理をしているんじゃ、」

「せ、せっかくのお茶会の途中に申し訳ございません! ですが、無理はしておりませんわ」


 ディアは己の失態に心の中で悪態をつきながら、冷静を装う。眠気覚ましにと一気に紅茶を飲むと、思わずせき込んでしまったが。

 クリスがまた何か言いかけたところで、先に口を開く。


「重ねて申し訳ございません、クリス様。私、体調がよくないようです。今日はもう失礼いたします」

「……分かった。よければ屋敷まで送ろうか?」

「いえ。ホープもいますので、大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」


 ディアは軽くお辞儀をして、クリスの部屋を足早に出た。

 部屋の外には護衛のカインがいる。カインはディアを見るなり、ポリポリと頬を掻いた。


「あー、その。もうお茶会は終わったのかい? ディア様。この後は、で?」

「えぇ。カイン様、そのフォローをお願いしてもいいかしら?」

「あぁ、まぁ。ジークにも話は聞いちゃいるから、それはいいんだけどよ……そのー……」


 カインは何か言いたげだったが、諦めた様に肩を竦める。


「いんや、なんでもねぇです。んじゃ、ディア様。頑張ってくださいね」

「えぇ。ありがとう」


 ディアはそう言い残し、早歩きで王城の廊下を進んだ。


 ディアがどうしてエーデルシュタイン王国の王城にいるかというと、勿論婚約者のクリスに会うためである。定期的に会いに行かないと、多忙のクリスが無理をしてヴィエルジュ家を訪問しようとするので、こうしてディアの方から城に出向くことになったのだ。


 今、ディアとクリスは十五歳。二人は来年、「黎明のリュミエール」の舞台であるエーデルシュタイン魔法学園に入学する。故にクリスは日ごろの多忙なスケジュールに加えて、学園入学に備えた予習や準備もしなくてはいけないのである。

 学園入学の準備をしなくてはならないのはディアも同じだが、王太子の彼よりも過酷なものではないだろう。それにディアには王城にてやることがあったので、クリスに会いに行くことは都合がよかった。


 ピタリと足を止め、とある部屋のドアをノックする。コンコン、と心地のいいノック音が聞こえた数秒後にドアが開いた。そこから現れたのはジークだ。

 鮮緑色の彼の髪はいつもより艶が見られない。数日、まともに身を清めていないのかもしれない。その目にはディア同様に隈が目立っている。通常の彼であれば、その美貌から森の妖精やエルフのような神秘的な雰囲気を連想させる。しかし今の彼はどちらかというと墓場を彷徨うゴーストのようだった。


「ディア様。ようこそいらっしゃいました。さ、早く部屋に入ってください」

「クリス様がこの部屋に近づかないように、カインにはフォローをお願いしているわ。じゃあ、今日もよろしくね。時間までじっくりやっていきましょう」


 そのままディアはジークの部屋へ吸い込まれていく。

 その様子はまるで、婚約者にバレないように密会する娯楽小説の男女のようだった……。




***




 一方、クリスはディアが去った私室でため息をこぼしていた。その顔は雲に隠された太陽のように、明るさを感じられない。


「カイン。僕は意気地のない男だよ。婚約者に口説き文句の一つも言えないのだから……」


 思わずため息がもう一つ。クリスは先ほどのディアの様子を思い出していた。

 先程ディアを屋敷まで送ろうとしたのは、ディアが心配だったからというのももちろんあるが、ただ単純にディアともっと一緒にいたかったからだ。疲れた身体には想い人との時間が最も有効的なのだから。

 だが、ディアにああやって断られてしまっては何も言えなくなってしまう自分が情けない。寂しさが、クリスの心をちくちくと刺した。


 そんなクリスを見て、カインはもごもごと口を動かし、何を言うべきか迷っている。

 だが、不器用なカインでは上手い励ましの言葉が見つからない。誤魔化すようにクリスにとっての朗報を持ち出す。


「そ、そういえばクリス様! ジェイド様からお手紙が来ておりますよ!」


 その言葉にクリスは一瞬で反応した。悲しそうな表情にぱっと明るさが戻ったのだ。

 カインはクリスに手紙を渡す。クリスは待ちきれないとばかりにさっそくそれを開封した。

 そして、それを読んでいくうちに笑顔が消え、代わりに驚愕の表情を浮かべる。




「……が、帰国する、だって?」

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