お腐れ令嬢は最推し殿下愛されルートを発掘するようです~皆様、私ではなくて最推し殿下を溺愛してください~
風和ふわ
序章 守護魔法の目覚め
第1話 戴聖式にて前世を思い出す
それは、魔力の素質がある者が魔法の力を神から授けられる伝統的な儀式のこと。十三歳になった子供は神に従属する施設に集められ、聖職者から一人一人に魔力を与えられる。
与えられた魔力は子供達の信念や魂に呼応して、属性を変える。つまり、人によって操る魔法が変わってくるのだ。魔力は育てられた環境や施される教育が似ているからか、実の両親の属性を引き継ぐことがよくある。故に──
「次。ディア・ムーン・ヴィエルジュ。こちらへ来なさい」
聖職者にそう呼ばれ、恐る恐る前へ出る黒髪の少女──ディア・ムーン・ヴィエルジュ。
彼女の実家であるヴィエルジュ家は代々 “氷魔法”を操る名家であることもあり、ディアもそれに準ずると誰もが疑わなかった。勿論、ディア自身も。
聖職者の言われるままに神に感謝を捧げる詩を詠い、祈るディア。そして彼女の全身にじんわりと熱が籠った。
(これが──魔力なのね)
ディアはごくりと唾を飲みこむ。
(ついに
年相応の逸る気持ちを抑えながら、ディアは魔力が己の身体に完全に注がれるまでじっと祈り続けた。
そうして、しばらくしていると──魔力が注がれ終わったのか、周囲を光が包む。
この時、空中に現れた紋章によって魔法の属性が分かるのだ。氷魔法の紋章は雪の結晶を連想するような形をしており、群青色に輝く。
だが、ディアの目の前に浮かんだのは──白く輝く、盾を模した紋章。
周囲が騒然とした。ディア自身、鈍器で頭を打たれたような衝撃が走る。聖職者が冷や汗を拭きながら、恐る恐る口を開いた。
「えぇっと……ディア様が神から授かったのは……どうやら
「!」
ざわめきが一層強くなる。
「お、おい! あのヴィエルジュ家のディア様が守護魔法だなんて! こりゃあ、大荒れだぞ」
「散々両親に甘やかされ、傲慢我儘令嬢で有名なあのディア様が他人を守ろうとするわけがないしなぁ……」
そんなヒソヒソ話が囁かれた。
──が、そのディア本人は守護魔法を授かったことに対して、周囲の予想とは別の感情が渦巻いていた。
(守護、魔法? それって……障壁……を出したりする魔法……なの? 障壁……バリア……壁? えぇ、何それ! それって、それって──これ以上ないほどさいっっっこうの能力じゃない!?!? 前世でよく推しの家の壁になりたいとか言っていたから、その影響なのかしら!)
(……ちょっと待って! もしかしてその能力を利用したら……アレも作れちゃうんじゃない!? 『○○をしないと出られない部屋』!! 二次創作でよく見たやつ!! そ、それで推しと推しを閉じ込めて……観察とか、できちゃうんじゃない!? え、最高オブ最高かな??)
(でも不思議だなぁ。本来のディア・ムーン・ヴィエルジュはご期待通り“氷魔法”を習得したはずなのだけど。魔力は魂によって属性を変えるっていう設定だから、本来の
(──ん? ちょっと待ちなさい、私。おし? ぜんせ? にじそうさく? 本来の私……? おかしい。私は、私は、何を考えているの……?)
紋章が現れたと同時に、別の自分が己の中で生まれたような気持ちの悪い感覚。
ディアは一気に激しい頭痛と吐き気に襲われ、その場で気を失った。
***
時々、夢を見ていた。どこか知らない場所の夢。周りには人がいっぱいいて、次から次にその人達が私の描いた本を満面の笑みで求めてくる不思議な夢。
……あぁ、思い出した。あれは私の前世の記憶……。
私が最も輝けた場所。自分の性癖と妄想を思う存分消費できた上に、他の人達の妄想もおすそ分けしてもらえた同人即売会(てんごく)……。
そうよ、私は推しの薄い本を描いていた。三日徹夜で。その疲労のままお風呂に入って、溺れて死んだんだわ!
なんてこと! あの渾身の新刊を世に出さないまま、死ぬなんて……。
いえ、それはもうどうにもならないこと。仕方ないことなのよ。
それよりも問題なのは──今世の私について。新しい私の名前はディア・ムーン・ヴィエルジュ。
その名前には聞き覚えがあるの。そう、私は気づいてしまった。
ディア・ムーン・ヴィエルジュは前世で死ぬ直前までハマっていたRPG乙女ゲーム──「黎明のリュミエール~聖女と太陽の王子~」に登場する“恋敵”役の傲慢我儘令嬢だってことに──。
***
「ディア?」
目が覚めて、真っ先に視界に飛び込んできたのは“最推し”の顔だった。
青いサファイアが二つ、こちらを見つめている。ディアは鼻の奥から熱い液体が溢れてくる感覚を覚えながら、心の中でこう叫ぶ。
(顔が、いい!!!!!!)
「でぃ、ディア!? 鼻血が……!! やはりまだ体調が悪いのかい!? 待っていてくれ、今、ご両親と医者を!」
「いえ、お気遣いなく。持病ですので」
そうきっぱりと言い放ち、上品に自前のハンカチで鼻を抑えるディア。そんなディアを戸惑った表情で見つめるのは──ディアの婚約者であり、エーデルシュタイン王国の第二王太子であるクリス・サン・エーデルシュタインだ。
彼はどうやらいつもと雰囲気が違うディアに驚きを隠せない様子。ディアは内心昂る興奮を必死に抑え込んでいた。
(やっぱり間違いない。今世の記憶と前世の記憶を照らし合わせてみても、私は「黎明のリュミエール」の世界に、しかもその中の傲慢我儘令嬢のディアに転生してしまっている。そしてその婚約者であるクリス……いや、クリス様はゲームのメイン攻略対象キャラであり、私の最推し!! どうして今までこんな大事な事を忘れてしまっていたのかしら! こんなに愛らしい十三歳、他にいないというのに!!)
……と、ここでクリスが困ったように口を開く。
「その……、戴聖式の事は残念、だったね」
「へっ? どうしてですか?」
「えっ? だ、だって、君はずっと氷魔法に憧れていただろう? 守護魔法なんて……いつもの君なら、怒り狂って暴れ、いや、悲しむんじゃないかと思って……」
「あぁ」
なるほど。ディアは思った。
というのも「黎明のリュミエール」に登場する本来のディアの性格に起因しているのだろう。
ディアはクリスルートの恋敵役だ。故にいい性格をしているとはとても言えない。主人公の魅力を引き立てる為に下民を見下し、傲慢で我儘で嫉妬深い悪女として描かれているのだ。クリスと仲を深める主人公に嫉妬し、悪魔を召喚して主人公を殺そうとするなど、それはもう酷い。
つまり、そんな自分が守られる側であることを当然だと思い込んでいそうな傲慢我儘令嬢が「他人を守る」魔法を授かるなんて許容するはずがない……とクリス及び周囲の人間が考えるのは道理だろう。
「別に、悲しくなんかありませんよ」
ディアは満面の笑みで微笑む。心の底から喜びを表現する彼女の笑顔にクリスは目を見開いた。
「むしろこんなに素敵な魔法はないと思っているほどです。推しの家の壁になれ……ゴホンゴホン……大切な人の盾となって、守る事ができるなんて!」
少し欲望が漏れてしまったものの、その言葉に偽りはない。
この「黎明のリュミエール」の世界は勿論バッドエンドが存在する。人間に対し、魔族という人ならざるものが存在する世界だ。二つの種族は対立しあい、争いを繰り返している。
故に、キャラクター達が死ぬルートも勿論ある。だからこそ、今のディアにとってこの能力を授かったことはこの上ない幸運だった。
(そう、今の私はディアじゃない。そしてこの世界はもうゲームじゃない。現実なんだ。ならば、私は大好きな「黎明のリュミエール」のキャラクター達が死亡するルートをなんとか回避しなければならない。そのためにこの能力はうってつけ!)
ぎゅっと掛布団を握る。決意に満ちた強いディアの瞳に、クリスはさらに石になってしまった。
「クリス様。クリス様はどんな魔法を授かったのですか?」
「あぁ、僕は光魔法を授かったよ」
(──よし、これもゲーム通り。クリス様はやっぱりこの世界のキーパーソンなのだわ。光魔法は悪魔や魔族に特攻効果があるクリス様だけの魔法。だから「黎明のリュミエール」のどのルートでも、クリス様が最後にラスボスを倒す要になっていた……。そしてあと一つ確認するべきことがある)
「クリス様、おめでとうございます! 栄光ある光魔法の魔力を授かるなんて! ……ちなみに今回の戴聖式で治癒魔法に目覚めた方はいませんか?」
(これは確認だ。私達と同じ年の戴聖式で、ゲームの主人公のニコルが治癒魔法を授けられるはず。光魔法と治癒魔法は伝説級に希少な魔法だから、噂が立たないはずがない。必ずクリス様の耳に届いているはず!)
「? いや、治癒魔法ほど珍しい魔法の話は聞いていないな……」
「!?」
ディアは耳を疑った。
(──嘘。主人公が……現れなかったですって──??)
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