第12話 僕の恩人②(クリス視点)
僕はディアを喜ばせたくて、彼女にカインを紹介した。
そこでまさか決闘になるとは思いもしなかったけれど……彼女は敵対心むき出しで僕でも手が付けられないカインとあっさりと親しくなっていた。それだけじゃない。
彼女はカインとの決闘で──
「私が、推しを、クリス様を、絶対に、護るんだぁぁあああああああ!」
そう高らかに言い放ったのだ。
その時の僕は今までの人生の中で、一番心臓が昂ったかもしれない。
顔が一気に熱くなって、隣のディアの侍女から慌てて顔を隠した。
──だって、今まで彼女があんなに必死に魔法の鍛錬に励んでいたのは僕のためなんだって、それが分かって、心惹かれない男がいるだろうか!?
嘘偽りのない真っ直ぐな好意。それはディアの美しい白い魔法の盾が証明してくれる。
僕は彼女の盾に応えたいと思った。ディアとならこの偽りだらけの世界でもきっと生きていける。
彼女は僕をどういうわけか恩人だって言っているけど、本当は逆なんだ。彼女こそ僕の恩人なんだ。
仮面を被る周囲が恐くて孤独を感じていた僕に、ありのままの自分をさらけ出してくれた彼女に僕は救われた。彼女のおかげでこの先も生きたい、生きてディアと一緒にいたいと思えるようになった。
彼女は僕に生きる理由をくれたんだ。
……そんな時だ。
ディアとヴァイオレット家の屋敷で散歩をしている最中、闇魔法を操る謎の女性に襲撃された。
彼女はどうやら僕目当てのようだったから僕を見捨てるように言ったのに、ディアは首を縦に振らなかった。その上、僕と一緒に戦ってくれると言ってくれた。
僕よりも小さい背中が、震えながらも僕を守ってくれている。
そんなディアに愛しさが溢れ、絶対に彼女を守りぬくと僕は決意し、そして……
「ディア! 踏ん張って! 僕が支えるから!」
「く、くくくクリス様!? か、かか、顔が、身体が、近──」
「大丈夫。怯えないで。先日リオン殿とディアの魔法が溶け合って高度な魔法を発現できたんだってね。それを今度は僕と一緒に発動させてみよう」
「え、えぇ……!?」
「大丈夫。僕と君ならできるよ。そんな気がするんだ。僕を信じて──!」
僕も君を信じるから。そう僕は心の中で呟いた。
彼女は僕に頷く。
「わ、分かりました! クリス様、いきますわ! そして一緒に屋敷へ帰りましょう! ──
「──
呪文を唱える。
以前、リオン殿から教えてもらった融合魔法。心が一つになった者同士が同時に魔法を唱え、二つの魔法を重ねることで、より高度な魔法へ進化するというもの。それを試そうとしたのだ。
不思議と、失敗の二文字は思い浮かばなかった。
全身に魔力が、感じたことのない熱が流動しているのが分かる。そしてその熱が僕の手の平に一気に収束し──白い鎧と黄金の光を身に纏う巨体の騎士が、姿を現した。
「あれ、は……!!」
騎士はディアの盾と黄金の剣を手に、闇魔法の主へ突っ込んでいく。
この騎士こそが僕とディアの魔法が融合した姿なのだろう。融合魔法は成功したのだ!
「ちっ!! な、なんで悪役令嬢が攻略対象キャラと融合魔法を発動できるのよ!? それは主人公の特権でしょう!?」
騎士は彼女の闇魔法を切り裂き、その衝撃で彼女の頬に一筋の切り傷が入った。
彼女は己の頬に流れる血に気づき、舌打ちをする。その目は悪魔そのものだと言っても過言ではないほど濁っており、恐ろしい。
僕はディアを守るため、再度呪文を唱える。逆上した彼女がディアに何をするか分からない。
その時だ。
【──ニコル、もういい。帰ってこい】
そんな低くて、冷たい声が聞こえた。
その瞬間、闇魔法の主は足元に現れた闇に沈んでいく。
「そんな、ジン様! まだ私は──!!」
彼女はそう謎の声に言い返そうとしたが、すぐにディアと僕をキッと睨みつけた。
ディアの身体がビクリと揺れる。
「覚えてなさいよディア! アンタも、アンタの推しも私が壊してやるから! この世界の
彼女はそう言って、地面の闇に消えていった。
突然の脅威が去り、僕もディアも力が抜けて、その場に膝をついてしまった。
遠くでディアの侍女の声がする。きっと屋敷の人達が異変に気付いて、助けに来てくれたんだろう。これでひとまず一安心だ。
「ディア? 大丈夫かい? 怖かったね」
「──、──すぅ……」
ディアからの返事はなかった。眠っているようだ。
そういえば、以前にリオン殿と融合魔法を発動させた時もディアは数日寝込んでいた。融合魔法はどうやら彼女の身体に負担が大きいようだ。
……それにしても、先ほどの闇魔法の主はディアとなにやら知り合いのような話しぶりだった。ディアには僕も知らない秘密があるのかもしれない。
時々彼女が僕の全く知らない単語を呟いていることと、関係があるのだろうか……。
僕は少しだけ考えた後、彼女の小さい身体を抱きかかえて、その額にキスを落とした。
彼女が寝ている時にこんなことをするなんて、婚約者として失格だろうか。だけど、せずにはいられなかった。
彼女がどんなものを抱えていたとしても、これから僕が守り抜くという決意の印として……。
「ディア。僕を護ってくれてありがとう。君が僕の盾になってくれるなら、僕は君の剣になろう。今、そう誓ったんだ」
「……んむぅ……クリス様マジ天使……むにゃむにゃ……」
涎を垂らしてそう寝言を呟くディアに僕はキョトンとした。
天使はディアの方だと僕は思う。今だって、こんなに可愛らしいんだから。
僕はクスリと笑って、光魔法を唱える。ヴァイオレット家の人達をこの場所に導くために。
ディアが起きたら、先ほどの誓いを彼女の前で宣言しよう。そうしたら、彼女はどんな反応をするだろうか。
それを考えるだけで、先ほどの襲撃の恐怖など忘れてつい口元が綻んでしまうのだった……。
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