幕間2:お腐れ令嬢は推しグッズが欲しい

「これより、第三回ディア&リンによる秘密の同人☆マーケットを開催します!」


 そんなディアの言葉と共にリンがベルを鳴らした。その後、二人分の拍手が起こる。

 ディアの広い私室の賑わいとしては、少し物足りない。だが、二人は満足気だった。


 今日はディアとリンの休日だ。お互いの趣味を共有したあの日から、ディアとリンは共に休日を過ごし、創作活動に励んできた。ディアは漫画、イラストで、リンは文章で萌えを消費する。

 そのうち、こうして月に一回、同人即売会の真似事をするようになったのである。


 今月の二人のお品書きはこうだ。


【ディア】


・「太陽王子をいじめたいッ!2」リオン×クリス/シリーズもの/24P

・「赤ずきんクリスちゃんと狼ジークくん」ジーク×クリス/童話パロ/12P

・「あなたの剣に」ホープ×クリス/転生シチュ/48P


【リン】


・「太陽のようなあなたの傍で」リオン×クリス/シリアス/36P

・「氷の貴公子は筋肉をつけたいっ!」リオン×カイン/ギャグ/12P

・「リオン様とジーク様がどちらが真のサディストか決闘する話」リオン×ジーク/ギャグ/12P

・「筋肉騎士を可愛がりたいリオン様」リオン×カイン/48P


 ディアのお品書きは安定のクリス受け本を占めており、対してリンはリオンの攻め中心だ。

 ちなみに最近のリンは「筋肉おじさん受け」というジャンルにハマっているようで、リオンが最推しだが、よくクリスとヴィエルジュ家を訪ねてくるカインも推しなのだという。


 頒布スペースに並べられた薄い本(一部、薄くないものもあるが)を大切そうに回収する二人。そして、そのままディアはベッドで寝転がり、リンはイスに座って、互いの萌えの結晶を読むのだ。

 ディアとリンは同時に感嘆と興奮が混じったため息をこぼす。


「リン! あなた天才ね! リオンお兄様とカインのカップリングなんて嗜んだこともなかったけれど、あなたの文章で目覚めたわ。文章で人を目覚めさせるなんて才能でしかないわよ! あと筋肉の描写がとっても細かで熱がこもってるのが伝わってくる! それに今回は四冊も新刊を書き上げるなんて! ページ数も多いし、本当に凄い! 神文字書きね!」

「うふふ。ありがとうございますディア様。筋肉の描写については実はヴィエルジュ家の騎士達に頼んで身体を少し触らせてもらい、研究したのです。それにディア様こそ、御伽噺を元にした物語とは感服しました。これが教えてもらったぱろでぃ、というものなのですね! それに相変わらずクリス殿下の照れ顔の表情が神ってますわね!」


 二人は互いの同人誌への感想を早口に、唾を散らして言い合う。

 室内の熱が高まり、それが落ち着く頃には既に外の日は沈みかかっていた。


 語り疲れてぐったりしながら、ディアはリン特製の紅茶を一口飲む。


「そろそろ、同人誌だけではなくて推しグッズも欲しいわねぇ……」

「推しグッズ、ですか?」

「えぇ。流石に推しの絵を持ち歩くわけにもいかないから、推しのイニシャルとか、イメージカラーを使った小物を持ち歩いてみたいなって。そうすれば、いつでも推しや推しカプと一緒にいれるでしょ?」

「なるほど。それはいいアイデアですね。では、次回の同人☆マーケットでは手作りのグッズを交換するのはいかがでしょうか」

「おぉ~!! それはいいわね! そうしましょう!」


 ディアは満面の笑みを浮かべる。

 アクリルキーホルダー、缶バッチ、ぬいぐるみ、アクリルスタンド、クリアファイル……。前世でメジャーだった様々なグッズがディアの頭に浮かんだ。


 かくして、二人はそれぞれ推しグッズを作ることになったのだった。




***




 一か月後、二人は再びディアの私室に集まった。それぞれが製作した推しグッズを持ち寄って。

 だが、せっかくの同人☆マーケットの日だというのに、ディアの顔色は優れなかった。


「ディア様? いかがなさいましたか? どこか体調が悪いのでしょうか?」

「ち、違うのっ! そんなことないわ! ごほん。そ、それでは、第四回同人☆マーケットを開催します!」


 ディアがいつもの宣言をするものだから、リンも思わずファンファーレのベルを鳴らしてしまう。いつものように二人分の拍手が部屋に響く。だが、やはりディアの拍手は小さかった。


 今回の同人☆マーケットは互いの頒布物を知らない故に、頒布スペースに布をかけ、品物が見えないようにしている。リンが緊張の面持ちで手を上げた。


「では、先に私から推しグッズをお披露目してもいいでしょうか?」

「えぇ! それがいいわ」


 ディアの許可を得て、リンはそっと頒布スペースの布を取る。

 そこにはハンカチが一つ、ポツンと置いてあった。


「──こ、これは!!」


 ディアは驚愕する。震える手で、そのハンカチを手にする。


 それは、クリスの瞳の色──青に染まったハンカチだった。その隅には黒い糸で縫われた「J×C」の文字。青はクリスなイメージカラー、黒はクリスの兄ジェイドのもの。J×Cはジェイド×クリスを表すものだ。

 つまりそれは……ジェイド×クリス──ディアの推しカプグッズである。


「ジェイクリ最高……」


 それしか言葉が出ない。このハンカチならば、いついかなる時に身につけていてもおかしくはないだろう。

 常に推しカプの概念と共にいることがどれだけ励みになるか。特に、公爵令嬢という大層な肩書を背負っているディアにとっては。


「ハンカチの色はディア様が咲かせた青い魔花を使って染めました。せっかく綺麗な色ですし、なにか使い道があればと考えていたのでちょうど良かったですわ」

「リン。貴女は最高の親友よ……」


 ディアの言葉にリンはぽっと顔を赤らめた。

 「光栄ですが、身分が違いすぎます!」なんて言ってはいるが、顔は綻んでいた。


 するとリンが今度はディアに期待の眼差しを向ける。ディアはギクリと唇を引くつかせた。


「あの、リン……やっぱり……その……」

「どうかされたのですか?」

「もしかしたら、リンが気に入らないかも。貴女の推しグッズが素晴らしい出来だったから……。それに比べて私のは……」

「そんなことありませんよ。どんなものでも、ディア様が作ってくださったものを私が喜ばないはずがありません」


 優しいリンの言葉にディアは恐る恐る頒布スペースの布を取った。


 ディアが作った推しグッズはネックレスであった。

 透明な樹脂を歪な形に固められたその中にはメガネとヴィエルジュ家の家紋を象ったであろう針金が沈んでいる。リオンの黒髪を意識したのか、黒い鉱物の欠片が散りばめられていた。

 見る方向を変えれば、鉱物がキラキラと輝いて美しい。形が歪であるがゆえに、実際に首にかけてみると鎖骨辺りに違和感を覚えるかもしれないが。


「キタス村で樹脂を固めたアクセサリーを作っていたみたいなの。だから、ホープに教えてもらって私も実際に作ってみたのだけど、形が不格好になっちゃって。……ごめんなさい」


 黙るリンにしょんぼりするディア。きっと気に入らなかったのだろう。ディアはリンの手からネックレスを受け取ろうとする。

 しかし次の瞬間、リンの顔に笑顔が咲く。


「──すっっごい素敵です! 世界で一番の推しグッズですわ! ディア様!」


 そう言ってネックレスに頬ずりするリンの瞳は潤んでいた。ディアはそんな彼女に目を丸くする。


「リン!? まさか、泣いてる?」

「ふふ。まさかお嬢様にこうしてネックレスをもらう日が来るとは思いませんでしたから」


 そういえば、とディアは思う。

 リンは傲慢我儘令嬢の時からディアの世話をしているのだ。相当苦労をかけてしまっただろう。それだというのに、ディアは彼女にこうしてプレゼントしたことはなかった。

 それならば、もっと高価なものを贈るべきだ。こんなガラクタよりも。

 そう提案しようとしたが、あまりにもリンが嬉しそうなので、ディアは黙って喜びを噛み締めることにした。


「ディア様! 薄い本を書いて、推しグッズを作って……オタ活、楽しいですね!」

「えぇ、そうね!」


 ディアとリン。二人は心から幸せだと笑い合う。

 誰にも理解されないだろうと思っていたディアの趣味を共有できる親友がいる。それだけで、公爵令嬢という大層な肩書を背負う辛い日々も乗り越えることができるのだ。


 ……と、ここでディアはリンの足元にハンカチが落ちていることに気づく。


「リン? ハンカチ落ちてるわよ?」

「……あっ」


 ディアの言葉にリンは慌ててハンカチを拾うと、ポケットに入れた。少しの間だったが、そのハンカチが先ほどリンがディアにくれたハンカチと同じ青色であることに気づくには十分であった。


「ハンカチ、二枚作ったの?」

「えぇ、これはディア様に贈るハンカチの練習用に作ったものです」

「そうだったのね。よかったら私も今度一緒に推し色のハンカチを作ってもいいかしら?」

「勿論ですわ」


 リンはディアのお願いを快く頷く。

 その後、既に日も沈んでいたこともあり、二人の萌えと興奮が溢れる休日の秘密の即売会はお開きになったのだった……。




***




「危なかったぁ……」


 第四回同人☆マーケットも終わり、ディアの私室を出て、リンは安堵のため息を溢す。

 先ほどディアにハンカチが落ちていることを指摘された時、顔が思わず引きつってしまった。幸い、ディアはそれに気づいていないようだったが。


「気をつけないと。もう少しで、クリス様とディア様が推しカプだって気づかれてしまうところだった」


 ポケットから先ほど落としたハンカチを取り出す。そのハンカチはディアの魔力が注がれた魔花の青で染められており、隅には「C×D」の刺繍が縫われていた。


「これはディア様がクリス様を想って咲かせた魔花の色のハンカチ……私にとってこれ以上ない推しカプのイメージカラーなんですもの! というか、ディア様が魔花を咲かせたら無意識にクリス様の瞳に色になってしまうなんて、素敵すぎるわ。これがエモい、ということなのでしょうね……!」


 頬を赤らめ、思わず独り言を呟いてしまう。誰かに共有したくてもできないもどかしさから、つい無意識に漏れてしまったような、そんな独り言だ。


 そう、リンにとって最推しはディアであり──ディアがいつまでも幸せでいてくれることこそが彼女の幸せなのであり──それを叶えられるクリス×ディアこそ、推しカプなのであった。


 勿論、リオンもカインも推しであることは嘘ではないが、幼い頃から世話をしてきたディアを一番推してしまうのも仕方のないことだろう。


 リンは今日も最推しと素敵な休日を過ごせたことを喜び、軽い足取りで自室に向かう。

 その胸には不格好な形のネックレスが彼女の動きに合わせて踊っていたのだった……。

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