第24話:護衛騎士
「あぁ、緊張する……! 彼、養成所で虐められていないかしら……!!」
「カイン様がしっかり見ているとおっしゃってくれているのですから大丈夫ですよ。ところでディア様、そんなにうろうろせず、堂々と待ちましょう」
「そ、そうね。それもそうだわ」
ディアがキタス村を訪問してから丁度半年が経過した今日。
ディアはヴィエルジュ家の門の前でピンピンしていた。ニコルに裂かれた背中は傷も残らず回復している。
それもこれも、今、ディアが心待ちにしている人物のおかげである。
「ディア様、いらっしゃったようですよ」
リンの言葉に顔を上げれば、クリスの白い馬車がこちらに向かってくるのが見えた。ディアは緊張を誤魔化すように、胸を抑える。
馬車が今、屋敷の前に到着した。ごくり、と唾を飲みこむ。
馬車から出てきたのは、
「ディア! 待たせたね」
クリスだった。その後にジークとカインが続く。
「よっ、ディア様! 小僧は俺が立派にしてやったからよ!」
「最低限のマナーも私が叩きこみました。
ジークが嫌な気配のない、ただ純粋に微笑みながらそう言った。ディアはそんな彼に顔が綻ぶ。
いつもであればこの主従トリオの登場にディアは鼻血を流して拝むのだが、今日は違う。
ディアは彼らの後、最後に馬車から現れた人物に注目した。
「──ホープ!」
満面の笑みで出迎えるディア。それに対して名前を呼ばれたホープは照れ臭そうに頬を掻いた。
今の彼は、半年前の彼とは別人だ。泥や葉で汚れていた身体は清潔で、ヴィエルジュ家の家紋が飾られた青いサーコートを身に纏っている。また、服の上からでも彼の胸板が逞しくなっているのが明らかだった。泥まみれの長髪だった髪も、今ではさっぱりと短く切っており、爽やかな印象を受ける。獣臭さもなく、晴天に干された衣服の心地の良い香りが鼻を擽った。
「い、いかがでしょうか、ディア様。今のお、私は貴女の騎士に相応しいでしょうか?」
ホープの自信なさげな問いかけにディアは石になった。鼻を抑える。
そう、いつもの
(きゃああ!? ゲームでは見ることのできなかったホープの新立ち絵……!! ホープがまさか、ヴィエルジュ家の礼装を身に纏う日が来るなんて……!! うぅ、髪型もゲームより短くて新鮮だし、顔が相変わらずいいわ……! 口調もゲームでのぶっきらぼうな感じではなくて、敬語! ギャップ萌え!!)
「あの、ディア様?」
不安げなホープにディアは我に返り、咳払いをする。
「え、えぇ! ホープ、今の貴方は立派な我が家の騎士よ! ヴィエルジュ家へようこそ」
「っ! はい、ディア様! これからは貴女の騎士として、この命をかけて貴女に忠誠を!」
ホープが膝をついて、ディアを誇らしげに見上げる。
ディアはそんなホープを見て、半年前のことを思い出した。
(それにしても、まさかホープが治癒魔法を授かるなんて……)
──そう。半年前、ディアの背中の傷を治したのは紛れもなくホープであった。
彼は半年前、突如として治癒魔法をその身に授かったのだ。
(ホープの治癒魔法のおかげで私の背中の傷は完治。その後、私はなんとかホープに恩返しをしたくて、同じ転生者であるニコルを私の手で止めたくて、必死にジークから結界魔法を学んだ。そしてキタス村に結界魔法を施すことを正式に許可された……。今思い出してみても、よく頑張ったわ、私!)
ちなみに、発動者であるディアが村にいない場合、結界魔法には魔力リソースが必要だ。その役割を担ってくれているのがホープに懐いていたあのリスの魔物達である。
彼らは今、キタス村の人々と共に暮らしており、食糧を分ける代わりに村の労働力として働いてくれている。
非常事態時の移動魔法の魔法陣もクリスの働きにより、国が完備してくれた。こうすれば、村に悪意のある者や魔物が近づくことは防げる上に、万が一のことがあれば村人達はすぐに王都に助けを呼べる。
そうした経緯もあって、ホープはようやく村を出て、夢に向かって歩き出すことができたのだ。
数か月、彼はカインの紹介で王城騎士の養成所にて鍛錬を積むことになった。
そして今日この日。
ホープ自身の強い希望により、ディアの騎士としてヴィエルジュ家の屋敷にやってきたわけだ。
しかし、ディアには一つ不安があった。
「ホープ、一つだけ聞いていいかしら。本当に……本当に、貴方は騎士になりたいの? 村でのんびり暮らすのもよかったんじゃないのかしら? ニコルも、ああなってしまったし……」
ディアは目を伏せる。ディアの背中の傷が完治した時、ホープに「貴女の騎士になりたい」と頼まれた時のことを思い出す。その時のホープの希望はディアにとって嬉しいものだったが──今思うと本当にそれはホープが望んでいるのか不安があったのだ。
自分がゲームのホープの夢を押し付けているのではないか。
ここはもうゲームではない。ニコルもいないのだから。そんな状況で、本当にホープがやりたいことは騎士になることなのか。
一度、ディアの勧誘が断られていることも彼女の不安を助長させていた。
しかし、ホープは不安げなディアに優しく微笑む。穏やかな休日の陽だまりのような笑顔だ。
「だからこそ、ですよ。ニコルは何故か貴女に憎しみを抱いているようでした。ですから、彼女を止めるためにもディア様の傍にいた方がいいでしょう」
「あぁ、それもそうかもしれないわね」
「それに、もっと単純な話です」
ホープはニッと歯を見せた。
「貴女みたいな、自分より他人の心配ばっかりしている猪突猛進なご令嬢は放っておけないんです」
ディアはキョトンとする。
その場にいた全員がホープの言葉にうんうんと頷き、賛同していた。
「その上、貴女は私の命を救っていただきました。私の村に結界魔法を施してくださいました。私が貴女に忠誠を誓う理由なんていくらでもあるんですよ。ですから──私の忠誠を受け取ってくださいますか、ディア様?」
頭を下げるホープ。ディアはぐっと唇を噛み締めた後、満面の笑みで答える。
「えぇ、勿論よ! これからよろしくね、ホープ!」
「はい、お任せください」
ホープは微笑む。心から、嬉しそうに、誇らしげに。
そんな彼の胸元では、銀の糸で縫われたヴィエルジュ家の家紋がキラリと輝いたのだった。
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