第9話 カインとの決闘

 魔花法。それは魔力を高める一つの修行法の名称である。魔花に魔力を流し、花を咲かせるまで魔力を消費し続けるものだ。


 リオンの稽古が始まって既に一か月が経過している現在、ディアはなんとか体力試験を合格し、この魔花法をリオンに教えてもらった。しかし正直この魔花法、長距離走よりも体力を消費するのは間違いない。一本の花を咲かせるだけで、全身に汗が滲む程。

 ちなみに今はヴィエルジュ家の庭でその自主練である。


「お嬢様。そろそろ休憩されてはいかがでしょうか?」

「えぇ、そうね。いつもありがとう、リン」


 ディア専属侍女、リン。


 幼い頃からディアの世話係を担当している彼女はディアにとってしっかり者の姉のような存在だ。日光に照らされるとほんのりと赤が映える茶髪に、スラリとした抜群のスタイルを持つ彼女は侍女としても大変優秀である。

 そもそも、前世の記憶を思い出す前のディアの世話をこなしていた事実から、その優秀さは保証できるだろう。


 そんなリン特製の疲労回復ドリンクをディアは一気に飲み干す。


「ぷはぁ! よし、これで今日のノルマ達成! 魔花法で魔力を放出する練習も十分だし、順調だわ。こうして魔法を学ぶことができるのも、ネアンの森での一件でお兄様と和解できたおかげね」


 爽快なのど越しとは裏腹に、ディアはふと眉を顰めた。


(……それにしても今更ながら、どうしてあの時、ネアンの森にウッドサーペントがいたのかしら?)


 そう、ウッドサーペントはゲームの終盤に出てくる中ボス級モンスター。そんな化け物がネアンの森にいるなんてことはありえない。どうしても、疑惑が拭えないのだ。


(どれだけ記憶をたぐりよせても、ネアンの森にウッドサーペントが出るなんてイベントもなかったし、そもそも私は悪役令嬢だからイベントが起きるはずないし……。もしかして、誰かが? でも、それってつまり──)


「お、おお、お嬢様ぁ!」


 リンの言葉にディアはハッとする。


 顔を上げれば、なんとそこには満面の笑みのクリスが立っていた。

 今のディアの服装は汗と土だらけの軽装。とても王太子を迎え入れる恰好ではないのは明らか。血の気がさっと引く。


「く、くくクリス様!? 突然どうして!? お、おおお見苦しい恰好を晒してしまい、大変申し訳ございません!」

「いやいや、謝るのはこちらだよ。突然訪問して申し訳ないね。君はどんな格好をしても魅力的だから気にしないで。毎日欠かさず魔法の特訓に励んでいるようだね。素晴らしいよ」

「え、は、はい。ありがとう、ございます……」

「それでディア、今日ここに来たのは君にどうしても会わせたい人がいるからなんだ」


 会わせたい人。ディアは心当たりがなく、首を傾げた。


「紹介するよ。彼は僕の親衛隊左隊長のカイン。カイン、ディアに自己紹介をしてくれるかい?」


 そう言うクリスの背後には、高身長で筋骨隆々の男性が立っていた。パンパンに張った腕には数多の傷が見える。身に着けている服は今にもその筋肉の圧によって裂けようとしていた。


 彼は値踏みするようにディアを見る。そして一言。


「アンタの守護魔法を見せてみろ!」


 ディアがポカンとしていると、クリスが慌てた様子で男性に叱咤する。


「か、カイン! 彼女は僕の婚約者だぞ! そんな態度は、」

「しかし殿下、俺ぁこいつが気に喰わねぇ! 周りはディア様を、口を揃えてこう言うんですぜ。『傲慢我儘令嬢』だと! 俺は赤ん坊の頃から殿下を見守ってきた。ほとんど自分の子供のような大切な存在だ! そんな殿下と、この嬢ちゃんに添い遂げてほしいなんてちっとも思わんのですよ!!」


 クリスがすぐにこちらに謝ってくるが、戴聖式まで自分が傲慢我儘令嬢だったのは事実であるため、ディアは怒ることはしない。クリスを慕っている人から見ると、ディアがいい印象をもたないのは当然だろう。

 カインは魔物も一瞬で逃げていきそうな形相でディアを睨みつけている。


「ディア様。俺はアンタと同じ、守護魔法の使い手だ。アンタが本当に守護魔法に相応しい人間かどうか試させてもらおうか! 半端な盾じゃ、アンタを認めねぇ」

「それはどのような方法で?」


 ディアはカインの形相に怯えることなく質問を返した。


「俺とアンタの盾。どっちが立派なもんか決闘といこう。守護魔法の使い手同士の決闘は互いに盾で押し合うんだ。転倒した方が負け。俺が負けたら今までの非礼を詫びる形で俺は殿下の親衛隊を辞める。その代わり──もしアンタが負けたらクリス様との婚約を破棄してもらう!」

「な、なにを勝手な……。そんなことできるわけな、」

「分かりました。その決闘、受けて立ちましょう」

「ディア!?」


 クリスが目を丸くする。まさかディアがこの決闘を受けると思わなかったのだろう。

 だがディアにはこの決闘を受ける理由があった。


「私が今まで未熟者であったのは確かです。私のせいで、クリス様への信頼を落とすわけにはいきません。それはクリス様と婚約破棄をする以上に苦しいことです。それに魔法とは、発動者の魂と信念がはっきり現れるもの。カイン様に私を理解してもらうには最適な方法だと考えております。魔法は嘘をつきませんから」

「で、でも……」


 不安そうなクリスの顔を見ても、ディアは自分の決意を翻さなかった。


 何故ならこの決闘、ディアの偉大なる「クリス王子ラブラブ♡イチャイチャ溺愛大作戦」の使命ミッションの一つ、「ディア自身の汚名を回復し、味方を増やすこと」の達成のために必要なものだからだ。


 繰り返すが、カインはクリスの親衛隊左隊長。ゲーム本編でも立ち絵と声優が用意されていた重要キャラクターであり、周りの信頼も厚いとプロフィールでも書かれるほどだ。

 そんな彼に認めてもらうことはディアの汚名回復が大きく進むことは明白。


(カインと親衛隊右隊長のジーク、そしてクリス様。この三人の主従トリオも親子みたいでなかなかに人気だったのよね~。かくいう私も親衛隊に溺愛されるクリス様の幸せそうなイラストを見るのが大好きで、イラスト投稿サイトで何回も検索をかけていたし! 私のせいでそんなカインとクリス様の仲に亀裂を入れるわけにもいかないから、この決闘を受けないなんて選択肢はない!)


 それに、なんとしてでもカインの信頼を勝ち取って、その三人の絡みを傍で見守りたい。そんな正直な欲望もあったりした。


 さっそく決闘が始まる。見届けるのはリンとクリスだ。


護れアミュナ!」


 深呼吸をして、ディアは呪文を唱える。そうすると目の前にあの白い盾が現れた。それはネアンの森でみたものよりも倍は大きくなっており、今までの特訓は無駄じゃなかったと教えてくれる。

 盾が現れると同時に風がヴィエルジュ家の草木を荒立てた。盾の強い光に耐え切れず、魔法耐性がないリンは思わず目を瞑ってしまう。


 ──しかし、カインは怯んだりしない。子供と戯れているかのような余裕のある笑みを浮かべている。


「ははっ! 基礎は出来つつあるようだなぁ! 傷一つねぇ綺麗な盾だ。しかぁし! それじゃあ綺麗すぎる!! 殿下を支える女の盾にしちゃあ弱い弱ぁい! ──護れぇアミュナ!」

「っ!」


 ディアの身体が顕現されたカインの盾の圧力により数センチ後方へ押される。ズンッと重みが増し、ディアの周囲の地面が数センチ沈んだ。

 カインの盾は一言で言うと、岩石だ。見た目は傷だらけでお世辞にも綺麗とは言えないが、それでもディアの盾とはとにかく固さが違う。

 長年積み重ねられた砂泥の努力と経験が一気にディアの盾に襲い掛かってきたのだ。


「ぐ、ぐぬぬぬ……くぅっ! なんて、怪力!」


 さっそくディアの盾にヒビが入るのが分かった。ディアは歯を食いしばり、足の指に力を入れ、全身で前に腕を押し出そうとするが、カインの盾は動かない。


 思わず令嬢らしからぬ声が出てしまうが、そんなこと気にする余裕もない。


(まさかこんなに実力差があるなんて思わなかった! 嫌だ、嫌だ! 負けたくない! このままじゃクリス様のお傍にいられなくなる! でも、どうしたら……? どうしたら私の盾はカインみたいに固くなれるの、強くなれるの……!?)


 ディアの両腕が悲鳴を上げている。息すらできない。その隙に押し切られて、ディアの身体が吹き飛ぶことが容易に想像できるから。


 ……と、そんな彼女の耳に飛び込んできたのはカインの太い声だ。


「いいか! よく聞け、嬢ちゃん!!」

「!?」

「さっきも嬢ちゃん自身で言ってただろう!? 魔法とは、発動者の魂と信念がはっきり現れるものだってよ! その中でも守護魔法は誰かを守りたいという信念によって強くなる! 技術なんざ今は関係ねぇんだ! 大事なのは心! とにかく嬢ちゃんが護りてぇやつを頭に浮かべろ! 嬢ちゃんには雑念が多すぎるっっ!」

「私が、護りたい、もの……」


 ディアは、はたとクリスと目が合った。


(私が一番護りたいもの……。それは勿論、クリス様よ。前世の私を救ってくれたで、最推しだもん)


 そうして、一度目を瞑る。

 こんな状況ではあるが、一つ一つ思い出すことにしたのだ。クリスに救われた、前世の思い出を。

 クリスへの想いを再確認するために……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る