第17話:ニコルが残した言葉

 ホープはあっさり見つかった。村のすぐ傍にある大木の枝の上にいたのだ。

 ゲームにて、ここはホープとニコルのお気に入りの場所であることをディアは知っていた。


 ホープは近づいてきたディアを鬱陶しそうに見下ろす。月夜が反射し、ホープの瞳がキラリと輝いた。


「……こんな夜更けになんですか」

「ホープ! 貴方、私の騎士にならない!?」


 ズサァッ! 何事かと思えば、ホープが木の上から落ちてきた。

 どこか既視感を覚えながら、ディアは慌ててホープに駆け寄る。


「いっ、てて、」

「ホープ、大丈夫!?」


 ホープは眉を顰め、ディアを見上げた。その表情からはっきりと苛立ちが感じ取れる。


「ほんっとに!! 一体何を考えてるんだよ、馬鹿令嬢! 今日会ったばかりの俺を、魔法の才能もねぇただの平民を、自分の騎士にするだって!? 頭大丈夫か!?」


 ホープはハッとして口を押さえる。ため息をこぼし、「すんません」と小さく呟いた。


「っ、貴女は本当になんなんですか。急にこんなド田舎にやってきて、俺が既に諦めた夢を、そんなにあっさりと……。俺は、魔法を授かっていないんですよ……」


 彼はそれ以上、何も言わなかった。

 ディアは唇を結ぶ。


 諦めた夢。

 ゲームでは、夢のために毎日剣の鍛錬を欠かさなかったホープ。そんな彼から、そんな言葉が出てしまったのが、思った以上に刺さるものがあった。


(でも、今の私は公爵令嬢。ホープさえよければ、彼の夢を応援できる立場にいる)


 ディアはホープルートの逞しい彼の未来の姿エンディングを思い出す。


「確かにそうね。今日会ったばかりの私に、こんな事を言われるのは気持ち悪いかもしれないけれど……貴方は、国一番の騎士になれる男よ! 私、知ってるの!」

「!」


 ディアは満面の笑みを浮かべる。その言葉に嘘偽りはない。


「ダンさんから聞いたのだけど、貴方は毎日魔物を狩って剣の腕を磨いているんでしょう? それって、じゃないかしら? これは私の予想なのだけどね」


 ホープが一瞬口を噤んだ。おそらく図星なのだろう。


「……。貴女が、どういう意図があって俺をそこまで買ってくれているのは分からねぇけど……どっちにしろ俺はこの村の傍を離れることはしない。貴方の騎士にはなれませんよ。


 ディアは目を見開く。ホープの表情が悲しそうに歪んだ。ニコルの話をすると、彼はこうして泣きそうな顔になる。

 下手にボロが出ないように、ディアは慎重に尋ねた。


「えぇっと、その……ニコルって、貴方の幼馴染の女の子よね? これもダンさんから聞いたの。その子と一体何があったの?」

「……そうですね。貴女の勧誘を断るんだから、話しておきます。ニコルは──あいつは、人が変わってしまったんですよ。突然高熱を出したあの日から……」


 ホープの話によると、ニコルは半年ほど前、突然高熱を出したという。高熱は三日続き、駆け付けた医師も原因が分からなかったらしい。

 しかし、高熱が出てから四日目の早朝にニコルは目を覚ます。


 ──ホープ曰く、その時のニコルは、もうニコルではなくなっていたらしい。


「ニコルは、俺の顔を見て、心の底から憎しみがこもった目を向けてきたんです。まるで、俺があいつの親でも殺したかのような目を……。そしてあいつは、俺にこう言った」


 ──『私、そのうち攻略対象キャラである貴方を殺しに来るわ。この村と一緒にね。貴方もこの村も、もう私に必要ないの。むしろ邪魔なものなのよ。だから──さようなら』


 そして、ニコルはキタス村を去った。

 ディアが戴聖式でそうだったように、おそらく彼女は高熱をきっかけに前世の記憶を思い出したのだろう。


 ホープが地面に拳を叩きつける。


「もう、わけが分かんねぇよ。あいつは、虫すら殺せねぇ。なのに、あの時のあいつは、だった。本気で俺を殺すつもりだって分かった。か弱いあいつがどうやって俺を殺せるのかは分からねぇ、けど……」

「……」

「そういうわけで、俺は村から離れられません。ニコルがいつこの村に来るか分からないのでね。ニコルがもし帰ってきたら、真っ先に俺が話をしないといけないんです。親父や村の皆よりも先に……」


 ──あんなニコルを、村の連中に見せたくないから。


 その言葉がディアの心に染みた。


(突然、大切な幼馴染に殺すなんて言われて、そのままいなくなってしまったホープの悲しみはどれほどのものなのだろう。ゲームでも、例え他のキャラのルートを選択したとしても、ホープは一番にニコルのことを想っていたのに……)


 かける言葉が見つからない。でも、今の彼を放っておくことはできなかった。


「辛かったわね。独りで、抱え込んで」


 そう、ホープのボサボサの頭を撫でる。


 ダンがニコルの本性を知らなかったことから、ホープはこの事実を独りで抱え込むことを選んだのだろう。少しでも彼に寄り添いたかった。ゲームの中で、ホープが悲しんでいる主人公にそうしていたように。


 当のホープは目を丸くして固まった後──


「…………っ、」


 彼の瞳に涙が浮かんだのが分かった。慌てて顔を逸らす彼に、ディアは何も言わない。黙って、彼の傍にいる。

 ホープの嗚咽が落ち着いたのを確認してから、ディアは口を開いた。


「それでね、ホープ。一つ提案があるの」

「……提案?」

「そう。少しでも貴方が楽になれるようにこの村に結界魔法っていうのを張ろうと思うの。自動的に魔物から村を護ってくれる魔法よ。せっかく王国一の魔法使いであるジークがいるのですから、私が頼んでみるわ」


 また、石になるホープ。彼はしばらく考えた後、がしがしと頭を掻く。


「そ、それはありがたいですが……いいんですか? 俺は、貴女の誘いを断ったし、貴女にメリットは……」

「いいの! メリットなんてとんでもない! この村にはお世話になってるし、私も何か協力したいの! その代わり、また魔物調査で訪れると思うから歓迎してくれると嬉しいわ」


 ディアは先日のニコルの様子を思い出した。

 今の彼女ならホープに残した言葉通り、この村を破壊しかねない。それほどの闇の力が彼女にはあるのだ。

 それならばディアはホープもこの村も守らなければいけない。しかし、この村に常駐するわけにもいかない。


(そこで、ジークの結界魔法よ! あの強力な聖属性の魔力で村を囲えば、ニコルが村を訪れても時間稼ぎにはなるはず。結界が破られた時、発動者はそれを感じ取ることができるみたいだし。その隙に村に駆け付けることができるように移動魔法も個別で手配しておかなければ。ひとまず、明日ジークに話を聞いてみましょう)


 ホープにディアの騎士になることを断られたのは少し残念だが、それはそれ。ホープを強引に勧誘するわけにはいかない。

 あくまでホープの幸せは彼の意思が伴ったものでないといけないのだ。


(……それにホープとこのまま仲良くなれば、いくらでもクリス様を布教するチャンスはあるしね!)


 次に村を訪れた時は布教用のプレゼン資料を持ってこねば、と決心するディアであった。

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