第18話:結界魔法
①キタス村を結界魔法で守り、ニコルの襲撃に備える。
②何度か村を訪れ、ホープを守りつつ仲良くなる。
③ホープがディアの布教によりクリスの魅力に気づく。
④クリスの魅力に気づいたホープはクリスの騎士を目指す。
──翌日。そんな完璧(?)なフローチャートを組み立てたディアは、早速ジークに結界魔法で村を保護してくれるように依頼した。
だが、ジークが簡単に承諾するはずもなく。顔は笑ってはいるが、彼は相変わらずディアに冷たい目を向けていた。
「ディア様。結界魔法でこの村を守るなんて簡単に言いますが……。どこの領地だって、この私の結界魔法を欲しているんです。この村に勝手に結界を張れば、贔屓だなんだのと、この私、引いては王にご迷惑をおかけする可能性が少なからずあるのですがね。」
「うっ!」
ディアはジークの正論に押しつぶされる。「それに、魔物調査はどうするのですか」という追撃の一言も落ちてきた。
ディアにとってはニコルという脅威を知っているからこその提案だったのだが、よく考えればジークはニコルのことを知らない。この正論は尤もである。
先日、クリスとディアを襲った少女の正体がこの村のニコルだということをディアから伝えるのも不自然な話だ。
「じゃあ、ディア自身が結界魔法を習得すればいいんじゃないかな」
悩むディアの背中を押したのは、そんなクリスの言葉だった。
思わぬフォローにディアは瞬きを繰り返す。
「ジーク、王宮魔法使いの結界魔法を申請してから実際にそれが手配されるのはどれくらいの時間がかかるのかな?」
「城でその申請が正当であるかどうか認められる必要がありますので、早くても一週間はかかるかと……」
「遅いね。キタス村は移動魔法の魔法陣にも魔物のひっかき傷がついていた。明らかに村人達の生活に支障が出ているよ。今すぐにでも対応した方がいい。実際に手配されるその繋ぎとして、ディアの結界で対応しても文句は言われないんじゃないかな」
「……それならば、まぁ……」
「魔物調査の件は父上に僕から伝えておこう。ディアの希望で村人達の安全を優先した、とね」
ジークもクリスの口添えを予想していなかったのだろう。
眉を顰め、「クリス様がそうおっしゃるならば」とだけ言った。
クリスはこっそりディアにウインクをする。慌てて頭を下げた。
「クリス様! ありがとうございます!」
「いいんだ。これでキタス村の人も少しは安心してくれるだろうし。それに、これは僕個人のお願いなんだけど、ディア自身の安全のために少しでも防御に優れた魔法を習得してほしいんだ。この間みたいな危険な目に合わせたくないから」
先日のニコルの襲撃について言っているのだろう。
ディアはハッとする。
(そういえば私、ニコルに襲われた時……クリス様の前で思いっきりニコルの名前を呼んでしまったのでは!? この村で行方不明中の女の子がニコルという名前なのは知っているはずでしょうし……)
今更ながら、己の失態を思い出した。恐る恐るクリスの顔色を窺うが、彼は「どうしたの?」と普段通りだ。
ホッと胸を撫でおろす。
(先日は命の危機の中でもあったし、クリス様には運よく聞こえなかったのでしょうね。なにか気づいたなら、私に聞いてくるはずだし……)
クリスが何も知らないのならば変に詮索しない方がいいだろう。
とにかく今は結界魔法の習得に専念することだ。ディアは己の失態を胸の奥にしまった。
***
朝食後。キタス村周辺の原っぱにて、ジークによる結界魔法の指導が始まった。
「──と、いうわけで。本当は嫌なのですが、ディア様に結界魔法を教授します。本当は嫌なのですが!!」
「も、申し訳ありません。魔物調査といい、私の我儘に振り回してしまって……」
「……まぁ、分かっているのならばいいですが」
ジークはため息を吐く。その目線の先にはクリスが離れた木の幹に寄りかかり、読書をしていた。ディア達の邪魔をしないように、という彼の配慮だろう。ディアはその姿に、申し訳なさを感じた。
「ではさっさと始めましょう。まず言っておきますが、村を一つ囲うほどの結界魔法なんて、奇跡でも起きない限り、今のディア様では無理です」
「重々承知しております。とにかく今は時間の許す限り挑戦してみたいのです」
ディアの脳裏にホープの泣きそうな顔が浮かんだ。とにかく今の彼には安心してもらいたい。きっと彼はいつニコルが村を訪れるのか常に気を張っている状態なのだ。
今思うと、だからこそディア一行がキタス村周辺に降りた時にあんなに警戒していたのだろう。昨日だって夜遅くまで起きていた。ずっと眠れていないのかもしれない。
ジークは「分かりました」と渋々手のひらサイズのボールを取り出した。
「これは普通の玩具です。村の子供達に借りました。ディア様、ひとまずこれをおおうような障壁を出してみてください」
「分かりました」
ディアは地面に置かれたボールに集中する。
いつもの盾魔法の呪文を唱えると、ボールをおおう障壁が現れた。
「そのまま限界まで維持してください。わざと手を抜いたりしたら即修行は終わります」
「わ、分かりましたわ!」
ディアの返事を聞いて、ジークが木陰で読書を始める。
(こんな小さなボール分の障壁くらい、いつまでも顕現できると思うけれど……)
そんなことを考えたが、これが結構辛かった。
日が真上に上る頃にはディアは汗だくで肩を上下させてしまう。腕が震え、ついにボールをおおう障壁は消えていった。
途端にジークが読書を止め、立ち上がる。
「ふむ。三時間、と言ったところですかね。まっ、合格点でしょうか。カインの言う通り、魔法の基礎はできているようで何よりです」
「はぁ、はぁ……。あ、ありがとう、ございます……」
喉がカラカラだ。ディアは乾いた呼吸を繰り返しながら、地面に腰を下ろす。
ジークが皮でできた水筒をディアに渡してくれたので、夢中でそれを飲み干した。
次に彼は、光を帯びた細い指で、地面に何かを描いていく。
「このように長時間魔法を使用することはとても大変で辛いことなのです。そのために魔法陣を使います。魔法陣というのは魔力への細かい指令書と考えていただければ分かりやすいかと」
「魔法陣を使用することによって、こんなに体力は削られないということですか?」
「そうですね。魔法陣を描く際に最低限の魔力は消費しますが、無駄のない命令を入力するほどそれだけ使用する魔力を抑えることができます。また、魔力リソースさえあれば発動者がその場にいなくても効果が続くことも利点です」
「魔力リソースですか」
「要するに魔法陣に魔力を補給してくれる存在ですね。ここは魔法具だったり、魔物だったり、魔力を持つものならばなんでも当てはまります」
つまり、結界魔法とは魔法陣によって発動する守護魔法だということだ。
魔法陣は神から伝わった唯一の文字とされる神聖文字から形成されている。その文字でどの範囲を、どんな形で、どのくらいの厚さで、などの細かい結界の設定を指定していくらしい。
「ですので、ディア様が結界魔法を使うには、そもそも神聖文字を覚える必要があるのですが……今回は特別に必要な文字を私が教えましょう。村を囲うほどの大きさ、住民は出入り可能、などの設定をつけていきます。ディア様はこの文字を見ずに書くことができるくらい、模写してください」
ジークは地面から指を離す。魔法陣を完成させたのだ。
ディアはその魔法陣の文字を慌てて紙に模写する。次はそれを見て、地面に描いてみる。
しかし、途中で指を止めた。身体から力が抜けていく感覚。思わず膝が崩れる。
「魔力が、抜けていく……。いくら効率的な術とはいえ、村一つ分の結界を作るにはたくさんの魔力がいるんだわ」
「ほらほら、ディア様。途中で手を止めてしまっては魔法陣は最初からやり直しですよ」
ジークの眼がキラリと輝く。ディアは唇をひくりとした。
(ジークはこの魔法陣を汗一つ掻かずにスラスラと描いてみせた。この人は、本当に国一番の魔法使いなんだわ……!)
ジークは意地の悪い笑みを浮かべている。どうやらここで彼のサディスト設定が発揮されているらしい。ディアはなぜか、スパルタな兄の顔を思い出した。
「どうしますか、ディア様? 続けますか?」
(──正直、きつい。でも。それでも……)
ディアは拳を握り締める。
「続けます。続けさせてください!」
最推しは勿論クリスだ。だが、ホープのハッピーエンドだって叶えたい。
ここが現実ならば、ゲームのようにハッピーエンドが一人しか起こらないなんて限らない。
ディアが目指すのは、
「……っ、」
ディアは一心で地面に魔法陣を描いていく。
ジークはそれを見て、こっそりと口角を上げた……。
***
一方、結界魔法の修行に励むディアを見守るのはクリスだ。
彼はふと、背後の気配に声を掛けた。
「凄いだろう、ディアは」
「────、」
木の陰から現れたのはホープだ。
ホープは地面に這いつくばっているディアから目を離せないでいた。
「あの方は、どうしてあんなに俺のために必死になってるんですか? どうして、あんなに汗を掻いて、息切れをして……とても、辛そうだ」
「魔力を使うと体力も消費するからね。とても辛いよ。でも、彼女はああいう子なんだ。君と、この村になにか感じるものがあったんだろう。自分よりも他人のために一生懸命なんだ。そこが彼女のいいところだよ。空回りしてるところもあるけどね」
「自分よりも、他人のために……」
──『ホープ。私ね、困ってる人をあっという間に助けてあげる大人になりたいの!』
一瞬。ホープの脳裏に浮かぶ少女。ハッとして、思わず口を押さえる。
「……っ。
「ん? なにか言ったかい?」
「いいえ、別に」
「そうか。……もしディアの行動が君にとって迷惑ならば
「お気遣いありがとうございます。今は大丈夫です」
きっとあのご令嬢は、あいつに似て頑固でしょうから。
ホープはそう言い残した後、森の中へと去っていった。
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