第19話:再会した主人公
ディア一行がキタス村に訪れてから二日が経過する。
王太子と公爵令嬢が長期間王都を離れるわけにもいかないので、明日の朝にディアは帰る予定だ。
それまでになんとか結界魔法の魔法陣を一つでも完成させたいディアだったが……。
「ディア、だ、大丈夫かい?」
「う、うぅ……。クリス様……」
ディアはぐったりとダンの家のベッドで動けなくなっていた。全身に筋肉痛が走り、指先一つ動かすだけで声が出てしまう。
ジークがきつく眉を顰めた。
「まさかディア様。私が休めと言った後も魔法陣を描き続けましたか? 私に内緒で」
「っ!!」
ギクリ。ディアはばつが悪そうに目を泳がせる。ジークは頭を抱えると、ため息を溢す。
「ディア様。はっきり言っておきます。努力するのはいいことです。ですが、休まないのは馬鹿のすることだ。守るだのなんだの立派な志を持つのは自由ですが、それはまず自己管理ができている人間が口にするのを許されるのですよ」
──つまり、今の貴女には何も守れないということです。
そのジークの言葉がずっしりとディアの胸にのしかかってきた。
ディアは唇を噛み締める。追い打ちをかけるようにジークの言葉が続いた。
「もう少し先を想像して行動してください。貴女はクリス様の婚約者なのですから」
「……っ。おっしゃる通り、ですわ……」
「とにかく。今日は一日休んでください。明日の早朝に王都へ帰るのですから結界魔法は諦めてくださいね」
ジークはそう言い残すと、部屋を去っていた。下の階にいるダンにディアの体調不良を報告するのだろうか。
ディアは掛布団をぎゅっと握る。
(ジークの言う通りだわ。いくらキャラクターの為とはいえ、私は他人に迷惑をかけすぎている……)
ジークの言葉がじわじわとディアの涙腺を刺激する。
しかしクリスが傍にいるので、泣きたくなかった。
クリスはそんなディアを見て、
「く、クリス様……!?」
「ジークの説教は胸にくるものがあるよね。分かるよ。僕も常日頃からよく怒られているからね」
「えぇ!? クリス様も怒られることがあるのですか!? い、一体どんなことで……」
「そうだな。例えば、教科書のこのページまで予習してくるっていう宿題を出された時かな」
クリスとジークの話を聞けるとなって、ディアの目が輝きだす。
「僕はバレないだろうと思って、違う科目の勉強を優先してしまったんだ。そうしたら──『クリス様。貴方はこのページに書かれている戦争の記録を無視したのです。国のために血を流し、子を置いて死んでいった兵士達を、貴方は“知らなくていいこと”だと無視したのですよ』ってね」
クリスのジークの物真似はとてもよく似ていた。長年師弟関係を結んでいるだけある。
先ほどのジークの冷たい目を思い出し、ディアはぶるっと身震いをした。
「そ、それは……とても厳しいお言葉ですわね」
「そうだろう? でも、僕はその言葉で少し国王というものに近づけた気がするよ。僕の行動一つ一つの重さを改めて実感したんだ。この言葉は、今でも僕の教訓さ」
クリスの手が、ディアの手に重なる。ディアは思わず身体をビクンッと揺らしてしまった。
しかしクリスは手を離さない。むしろ、がっしりと握る力が強くなる。
「く、くくっ、クリス様……!?」
「すまない、離したくなくて」
クリスの顔が近づいてきた。ディアの心臓がタップダンスを披露している。
「ディア、君が頑張り屋なのは知っている。一緒に魔法の鍛錬をしているからね。でもね、だからこそ無理はしないで欲しい。ジークの言う通り、今日はしっかり休んでくれ」
「きっ、きもに、命じておきます……」
声が、裏返ってしまう。クリスは微笑むと、名残惜しそうに手を離した。
「君さえよかったら、この部屋で読書をしても? 静かにしているから」
「え、えぇ。構いません」
ディアは熱い顔を隠すようにベッドに潜る。
ペラッ、ペラッ。クリスが本のページをめくる音が定期的に聞こえてきた。
ディアははた、といつもと違う感覚に気づく。
(おかしい、ですわ……。いつもならば、クリス様が傍にいるだけで鼻血と動悸が止まらないはずなのに……。今は、なんだか、心が休まるというか……。ジークの言葉で、落ち込んでいるから……?)
そんなことを布団の中で考えていると、そのうちディアは眠ってしまった……。
***
一方、森ではホープが剣の手入れを黙々としていた。
ニコルが行方不明になる少し前にダンからもらった剣を、魔物の血で錆びないように拭いていく。
──『貴方は、国一番の騎士になれる男よ! 私、知ってるの!』
ディアの言葉がホープの脳内で何度も再生される。
キタス村の村人達も、実父のダンでさえ信じなかったホープの夢。
ニコルがいない今、自分すらもその夢を見失っているというのに。
それを、あの令嬢ははっきりと、叶うと言う。
「ちっ! なんなんだよ。さっきからあの令嬢が頭から離れねぇ……」
ホープはなかなか手入れに集中できず、一旦木の幹に寄りかかる。
そうすると、森の小さな魔物達がホープにすり寄ってきた。彼らはみな、ホープが狩った魔物に食料として毎日襲われていた弱者たちだった。
「きゅ! きゅきゅ!」
「うるせぇ。お礼でも言ってんのか? 言っておくがお前らを助けたわけじゃねぇよ。俺が強くなるためにやったことだ」
「きゅう?」
可愛らしく首を傾げるリスの魔物にホープは頭を抱える。
「はぁ、こんな魔物になに話しかけてるんだ俺は……。それもこれも、あの令嬢があいつに似てるから、」
「あの令嬢って、誰のこと?」
ハッとする。
そして、ホープが顔を上げれば──
「……ニコ、ル……? お前……!!」
「教えてくれないの、ホープ? そう。じゃあ──約束通り、貴方を殺すわね」
その時、ニコルの闇が素早くホープに襲い掛かった──!!
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