幕間 オタク令嬢は同志が欲しい②
「はぁ、やらかしたわ。まさかクリス様に相談するなんて……」
どんよりとした暗い空気を抱えて、ディアは私室に戻る。
今夜は食事もろくにとれなさそうだ。こんなに暗い顔を父や兄のリオンに見せたら、過剰に心配されてしまう。
「リン、お茶会が終わったわ。あと、今夜の食事なのだけど私室に持ってきてもらっ……」
ディアはその時、己が犯してしまった
クリスに茶会に誘われた時、ディアは身支度に気を取られて、例の戦利品達を枕の下に隠しっぱなしだったのだ。いつもはベッドの下の金庫の中に厳重にしまっているというのに!
リンは茶会の間、ディアの部屋の掃除をすると言っていた。
そして今、彼女はディアのベッドの前でディアの創作物を手にして、固まっている。
つまりは──そういうことだ。
ディアは声にならない叫びを上げ、とにかく部屋のドアを閉めた。
そしてリンに対してどう言い訳をするか、脳の容量全てを駆使して考える。
変な冷や汗がびっしょりと溢れてきた。
「り、りりりりりリン! 違うの、それは、その──家庭教師の先生に、絵本を描くように課題を出されて──」
なんとも苦しい言い訳である。もし本当だとしてもBLの絵本を描く公爵令嬢がどこにいる。
ディアはハッハッと浅い呼吸を繰り返しながら、もうダメだと膝を崩した。
リンはそんなディアに近づいてくる。その表情は、鬼のようだった。
怒られるっ! ディアはそう察した。
「り、リン! ご、ご、ごごっ、ごめん、なさ──」
「──お嬢様、どうしましょう」
ディアはその時、ポタリと自分の頬に何かが落ちてきたことに気づく。それはリンの涙だった。
「……リン?」
優しく声をかけると、今度はリンががっくりと膝を崩した。
リンの顔はとても真っ赤で熱が籠もっている。
「ディア様、私は……私は、おかしいのです。ディア様のこの絵本を見て──クリス殿下や、リオン様や、皆様の絵を見て──私、どういうわけか、どうしようもなく
リンはポロポロと涙を流し、訳の分からない感情に戸惑っているようだった。
ディアはその一瞬で、全ての感情が消えた。
静かに廊下に出て、周囲に召使い達や家族がいないことをしっかり確認する。
その後、「勉強中。食事は後でもらうので先に食べていてください。静かに」という紙を張ってドアを閉めた。
そして戸惑うリンの肩に手を置いた。
「──ようこそ、沼へ」
「ぬ、ま……?」
この後、リンはディアの
オタクとは、同じ沼に踏み入れようとする獲物を絶対に逃がさない。
そう、彼女はディアによって感じたことのない幸福の沼へと引きずり込まれるのだ……。
──「萌え」という名の、深い沼に。
***
「ディア、なんだか最近元気だね」
数日後。先日同様クリスに誘われてディアはクリスと穏やかな茶会を楽しんでいた。
そんな中、投げられたクリスの問いかけにディアはにっこり笑顔で頷いた。
「ええ、それはもう! 侍女のリンが私と
「そ、そっか……。それならよかったよ」
クリスはあまりにも元気が良すぎるディアに驚きつつ、ほっと一息つく。
その時、カインが「殿下」と一言声を掛けた。どうやら城へ帰る時間がきたようだ。
「おっと。では、今日の茶会はこのくらいにしておこう。じゃあまた来るね、ディア」
「はいっ! クリス様!」
るんるんと手を振って見送るディアを馬車の中から見ながら、クリスは思わず口元が綻んだ。
そんな彼に護衛役のカインは尋ねる。
「いいんですかい、殿下? 最近ディア様が寂しそうだからと、いつもの多忙なスケジュールの合間をぬって、絵の勉強をしてたじゃないですか。ディア様も、そのことを知ったら喜びますぜ」
「いいんだ。幸せそうなディアに水をさしたくない。僕は心から幸せそうな彼女を見ることが趣味みたいなものだから」
彼女の笑顔でも思いだしているのだろうか。馬車の中でふふ、と何度も口元を緩めるクリス。
カインはやれやれと肩を竦めつつも、どこか嬉しそうにクリスを見守るのだった……。
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